国文研本源氏物語系図

国文研本源氏物語系図：独自の記述と謎多き系図

国文研本源氏物語系図は、古系図の一つとして分類される重要な源氏物語関連資料です。2007年に国文学研究資料館（国文研）が所蔵するようになったことから、この名称で呼ばれています。

系図の概要と特徴

本系図は巻子本一帖で、かつては折り本であった可能性も指摘されています。作成時期については、当初は鎌倉時代から南北朝時代にかけてと推定されていましたが、江戸時代の書写という説もあります。

系図には題簽に『光源氏系図』とありますが、これは後世の追記と考えられています。序文や奥書といった付加的な記述はなく、他の古系図に見られる系図以外の付記部分もありません。

注目すべきは、本文中に「たしかならず」「こころえず」といった、記述の信頼性に疑問を呈する表現が散見される点です。これは、複数の作者が関与し、異なる見解を反映している可能性を示唆しています。また、他の系図と照合し校勘を行った形跡も認められます。

記述の中には「という」といった伝聞表現が多く、注釈書や梗概書、他の古系図からの引用に基づいていると考えられています。

独自の記述と解釈

本系図は、現存する古系図の中でも特に独自の記述が多く、54帖からなる現在の源氏物語の構成と整合しない箇所が多数存在します。これらの記述は誤りである可能性もありますが、他の文献と共通する記述もあり、54帖本とは異なる源氏物語系統、あるいはその注釈書などを元に作成された可能性も考えられています。

例えば、紫の上について「のちに一品と申す」といった、現行の源氏物語にはない記述があります。また、光源氏の弟である蜻蛉兵部卿宮やその娘といった、系図に記載されてしかるべき主要人物が欠落しており、作者が蜻蛉巻を読んでいなかった可能性も示唆されています。

さらに、蛍兵部卿宮や蔵人少将など、複数の巻にわたって登場する重要人物について、名前のみの記載で説明文が全くないケースも複数あります。また、夕霧、紅梅、髭黒といった高官についても、最終官位が正しく記載されておらず、その子供に関する記述にも混乱が見られます。これらの不備は「匂宮三帖」に関する記述の欠如と関連しており、作者が「匂宮三帖」を読んでおらず、他の文献を参考に記述した可能性が推測されます。

特に興味深いのは、蛍兵部卿宮と真木柱の娘を「匂兵部卿上」と表記し、匂宮の妻としている記述です。これは本系図にしかない独自の記述であり、その信憑性についてはさらなる検討が必要です。

記載人物数と系図の位置づけ

本系図の系譜部分には163人が記載されています。これは、他の古系図と比較すると、九条家本よりも多く、為氏本よりも少ない人数です。常磐井和子の説「系譜の人数が少ないほど古い」という説に当てはめると、本系図は九条家本に近い古さを持つものの、巣守巻に関する特異な記述が追加されていると考えられます。

巣守巻関連の記述

蛍兵部卿宮の子孫である源三位とその子供たち（頭中将、巣守三位、巣守中君）に関する記述は、正嘉本古系図などと類似しています。しかし、「源三位の妻とその死後の後妻の系譜」、「後妻の元の夫の系譜」、「巣守三位の乳母とその兄弟姉妹の系譜」といった、これまで知られていなかった詳細な記述も含まれています。これらの記述は、鶴見大学本古系図と本系図にのみ見られる特徴です。

注目すべきは、源三位と侍従（梅枝巻に登場）の関係性です。多くの古系図では、この2人を同一人物とするか兄弟とするかで分かれますが、本系図は同一人物としています。また、夕霧の子供に「母すもりの三位」と記された人物がいる点も特筆すべきです。これは誤記の可能性が高いとされています。

翻刻と参考文献

本系図の翻刻は、加藤昌嘉・古田正幸によるものがあります（『平安文学の古注釈と受容　第二集』収録）。また、加藤昌嘉らによる関連研究も複数存在し、源氏物語研究における本系図の重要性を示しています。

まとめ

国文研本源氏物語系図は、独自の記述や、複数の作者の可能性、他の文献からの引用などが示唆される興味深い系図です。特に巣守巻に関する詳細な記述は、源氏物語の成立過程や、その後の受容史を解明する上で貴重な手がかりとなるでしょう。今後の研究によって、さらに多くの謎が解き明かされることが期待されます。

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