国民的歴史学運動

国民的歴史学運動

概要

国民的歴史学運動は1950年代初頭から中頃にかけて、民主主義科学者協会（通称・民科）歴史部会によって展開された運動です。この運動は、歴史学とその大衆への普及、さらには国民の歴史を提唱することを目指しました。民科の立ち上げは1946年であり、次第に全国規模での市民参加を促進する団体へと成長しました。特に1952年に提唱された「国民的科学の創造と普及」の理念は、運動の中核的なテーマとなりました。

民科の設立背景

民科は、戦前の科学界や科学者の権力への非関心や迎合的姿勢を批判する研究者たちによって設立されました。その理念は、科学を「民衆のために」という視点から進めることであり、少なくとも1950年頃には114の地方支部を持ち、1772名の専門会員と8243名の普通会員を有する一大運動となりました。これにより、民科はその後、日本社会における重要な知の場として機能しました。

国民的科学の概念

1949年、中華人民共和国の成立に影響を受けた民科は、反米的な民族解放運動へとシフトし、「民主主義科学」から「国民的科学」へと概念を変化させました。この過程で、歴史部会が掲げた「国民的科学」は、社会的圧迫からの解放を目指すものであり、石母田正の提唱により具体化されました。彼は、国民に対する科学を進める重要性を強調し、知識人の役割として「民衆の中にいること」を説きました。

歴史と民族の発見

特に1952年に出版された石母田の『歴史と民族の発見』は、国民的歴史学運動の象徴的な著作となり、多くの学生に熱く支持されました。この書物は、民衆の歴史や民族についての関心を高め、アカデミズムにおける研究も推進しました。また、当時の研究会でも「民族的な自信」を取り戻すための論議が盛んに行われました。

多様な民間活動

民科の取り組みによって、労働者や農民からの歴史記述が重視されるようになり、民話や伝承からのデータ収集に取り組む動きが見受けられました。特に「石間をわるしぶき」といったパンフレットが評価され、地方の歴史を学生たち自身が記録するという新しいアプローチが採用されました。これらの成果は、歴史学の枠を超え、民衆文化や地域社会との結びつきを強める結果につながりました。

衰退とその後

しかし、1955年から56年にかけて国民的歴史学運動は次第に衰退の道をたどります。共産党内部の抗争や、民科歴史部会の解体が影響し、長い歴史の中で提起されたテーマが忘却されてしまったのです。石母田を始め、多くの運動の立役者たちが自己批判を行い、運動は「過去の悪夢」としての烙印を押される結果となりました。

運動の評価

国民的歴史学運動は、民衆からの歴史記述の重要性とその方法論を新たに切り開いたことが評価されています。ただし、その運動が政治的な影響を受けた結果、さまざまな批判を招いたことも事実です。丸山真男は、ファシズムの温床となる危険性があったことを指摘し、石母田のアプローチに疑問を呈しました。また、吉本隆明は啓蒙主義的な傾向を批判し、党派的な権力体制への道を懸念しました。

結論

国民的歴史学運動は、民衆のための歴史を創りあげる試みとして重要な役割を果たしましたが、その後の歴史学界や教育現場への影響は複雑です。運動を通じて提起された問題は、今日においてもなお議論の余地があります。民衆の視点から歴史を捉え直すことは、今後の研究や教育のあり方において不可欠であり、さらなる理解を深めていく必要があります。

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