国王問題

ベルギー国王問題：戦後の政治的混乱と国王の退位

ベルギー国王問題（フランス語: question royale, オランダ語: Koningskwestie）は、1945年から1951年にかけてベルギーを揺るがした深刻な政治危機です。特に1950年3月から8月にかけてその頂点に達しました。この問題は、第二次世界大戦中の国王レオポルド3世の行動がベルギー憲法に違反する疑いが持たれた事に端を発し、国王の帰国と憲政上の役割の再開を巡って国民が大きく分断されました。

発端：ドイツ侵攻と国王の決断

1940年、ドイツ軍がベルギーに侵攻した際、レオポルド3世と政府との間で意見の相違が生じました。レオポルド3世は、権威主義的な思想を持つと見られており、開戦後、ベルギー軍の最高司令官として軍を指揮しました。彼は、国家元首としての役割よりも最高司令官としての義務を優先すべきと考え、政府が亡命した際にもそれに同行する事を拒否しました。この行動は、政府との対立を深め、1940年5月28日のドイツ軍への降伏交渉は、レオポルド3世への広範な批判を招きました。

その後、ドイツ占領下でレオポルド3世は軟禁状態に置かれましたが、ベルギー国民と苦難を分かち合ったとして一定の評価も得ました。しかし、1944年に連合軍がベルギーを解放する直前、彼はナチスによってドイツに強制連行されました。

摂政の就任と政治的分断

ベルギー解放後、レオポルド3世が捕虜の身であったため、彼の弟であるフランドル伯シャルル王子が摂政に選ばれました。国王は憲法に基づき「統治不能」と宣言され、国王の復帰を巡って国内が政治的に二分されました。左派が優勢になる中、レオポルド3世はスイスに滞在しました。1950年には、中道右派政権によってレオポルド3世の帰国を問う国民投票が実施されましたが、結果は賛成多数となったものの、フランドル地域とブリュッセル、ワロン地域との間で深い分断が生まれました。

危機と国王の退位

1950年7月にレオポルド3世が帰国すると、ワロン地域では大規模な抗議活動やゼネラルストライキが発生しました。7月30日には警察が労働者を殺害する事件も発生し、混乱は極限に達しました。こうした状況を受け、レオポルド3世は8月1日に退位の意思を表明しました。その後、過渡期を経て、1951年7月に正式に退位し、息子のボードゥアンに王位を譲りました。

君主制と憲法

ベルギーは1830年にオランダから独立し、立憲君主制を採用しました。1831年に制定された自由主義憲法は、国王の責任と制限を明文化しましたが、国家元首としての役割と軍の最高指揮官としての役割の間には曖昧な点があり、それが国王問題の根本的な原因となりました。初代国王レオポルド1世は、憲法の曖昧さを利用して自身の権限拡大を図り、その試みは後継者にも引き継がれましたが、大きな成功には至りませんでした。

レオポルド3世：権威主義的な国王

レオポルド3世は、1934年に父のアルベール1世の事故死を受けて国王に即位しました。アルベール1世は第一次世界大戦でベルギー軍を指揮した事で国民的な英雄でしたが、レオポルド3世の時代は、世界恐慌や極右・極左の政治運動など、社会不安に満ちていました。レオポルド3世は、権威主義的で右翼的な思想を持つと見なされ、君主の権限拡大を試みました。1936年以降、ナチス・ドイツが勢力を拡大する中、レオポルド3世はベルギーの中立政策を支持しました。

ドイツ侵攻と政府との亀裂

1940年5月10日、ドイツ軍がベルギーに侵攻すると、レオポルド3世は軍の指揮を執りましたが、議会での演説を拒否しました。彼は、ベルギーが中立国であるとし、イギリスやフランス軍と共同で戦う事に反対しました。5月25日、レオポルド3世は政府代表と会談しましたが、意見は対立し、政府は亡命しました。レオポルド3世は5月27日にドイツと停戦交渉を開始し、翌日にはベルギー軍が降伏しました。この決定は、政府や連合国から強く非難されました。

ドイツ占領下のレオポルド3世

降伏後、ベルギーはドイツの占領下に置かれ、レオポルド3世はラーケン宮殿に幽閉されました。当初、彼はベルギー国民の支持を得ていましたが、1941年にリリアン・バエルとの再婚が発表されると、民衆の支持は急激に低下しました。また、ドイツ占領への抵抗を示さない姿勢も批判を招きました。1942年以降、戦後の動きを始めたレオポルド3世は、自身の行動を正当化する文書を作成し、亡命政府を非難し続けました。1944年6月、彼はドイツに強制連行され、1945年5月にアメリカ軍によって解放されました。

摂政と危機の再燃

1944年9月、連合軍がベルギーを解放しましたが、レオポルド3世は不在のままでした。9月20日、ベルギー議会はレオポルド3世が「統治不能」であると宣言し、弟のシャルル王子が摂政に就任しました。レオポルド3世の政治的遺言は公開され、政府内の分断が再燃しました。戦後のベルギーは政治的・経済的な再建が進められましたが、国王問題は常に議論の中心にありました。1949年の選挙では、親レオポルド派のカトリック党が勝利し、レオポルド3世の復位を問う国民投票が実施される事になりました。

国民投票と地域間の対立

1950年3月12日の国民投票では、レオポルド3世の復位に賛成する票が58%と多数を占めましたが、地域によって大きな差が見られました。フランドル地域では72%が賛成票を投じたのに対し、ブリュッセルでは48%にとどまり、ワロン地域ではわずか42%でした。この結果は、国民投票が国家を分断する可能性を改めて示し、レオポルド3世の退位を求める動きが強まりました。

ストライキと退位

1950年7月22日、レオポルド3世は帰国しましたが、ワロン地域ではゼネラルストライキが発生しました。7月30日には労働者が殺害される事件も起こり、暴力的な衝突が相次ぎました。状況の悪化を受け、レオポルド3世は8月1日に退位を表明し、息子ボードゥアンに王位を譲る事を決めました。8月11日、ボードゥアンが「プリンス・ロイヤル」の称号を与えられ、摂政に就任しました。

ボードゥアンへの継承

レオポルド3世の退位は、1年かけてボードゥアンに移行する事が前提とされ、1951年7月16日に正式に退位しました。翌日、ボードゥアンが国王に即位しました。この一連の出来事により、ベルギー国王問題は終結しました。

その後

国王問題解決後、ベルギーは他の政治課題に注力しました。1950年代には教育の世俗化をめぐり新たな政治危機が発生しましたが、国王問題はベルギー社会に大きな影響を与え、社会主義政党やカトリック政党の再編、地域間の対立を激化させました。また、この問題は、連邦制導入の議論に終止符を打つ結果となりました。ラオの暗殺事件は未解決のまま、現在も議論が続けられています。これらの出来事は、ベルギー現代史における重要な転換点として、その影響は今日まで続いています。

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