国立療養所菊池恵楓園

国立療養所菊池恵楓園

国立療養所菊池恵楓園（こくりつりょうようじょきくちけいふうえん）は、熊本県合志市に位置する歴史ある国立ハンセン病療養所です。広大な敷地（約62万平方メートル）を有し、かつては近隣に厚生労働省の施設であった再春医療センターも存在しました。

沿革

恵楓園の歴史は1909年4月1日に、「九州7県連合立九州癩（らい）療養所」として始まった強制隔離政策の一端に遡ります。1911年3月には「九州療養所」と改称され、運営主体が国へ移管されたのは1941年7月1日のことでした。この時、「国立療養所菊池恵楓園」という現在の名称になりました。療養所内では、患者たちの生活や権利を守るための様々な動きがありました。1916年には患者慰安会が設立され、後に患者援護会と改称、1926年には自治会が発足し、機関誌『菊池野』は1951年に創刊されました。外部との関わりでは、1940年に本妙寺周辺の患者集落が解散させられ、職員も関与しました。また、1941年には回春病院閉鎖に伴い、多くの患者を受け入れています。戦争中は空襲の被害も受け、1945年5月13日の米軍による空襲では死傷者が出ました。戦後、1949年5月30日には昭和天皇が予定外で立ち寄られ、また2013年10月26日には明仁天皇・美智子皇后が行啓されるなど、皇族の訪問も歴史に刻まれています。

医療と研究

恵楓園は、ハンセン病とその合併症に対する医療を提供してきました。内科、精神科、外科、皮膚科、眼科、耳鼻咽喉科、歯科など多岐にわたる診療科を有し、特に眼科学会や皮膚科学会の専門医研修認定施設としても機能しています。かつては、日本医療機能評価機構の認定も受けていました。歴代園長には河村正之（初代）や宮崎松記など、施設の発展に尽力した人物が名を連ねています。

戦後は医療研究が特に隆盛を迎えました。1948年に特効薬プロミンが配給され、研究の機運が高まります。1950年4月には熊本大学をはじめとする国内の主要大学の協力のもと、「らい特殊研究班」が結成され、多くの著名な研究者たちが集結しました。汗の研究で知られる久野寧教授を中心に、生理学、解剖学、病理学、皮膚科学など様々な分野から研究者が参加し、発汗障害やその他の病態について研究が進められました。また、眉毛形成術（1933年～）や眼科、整形外科における手術（1954年～）など、患者の機能回復に向けた医療技術も発展しました。1955年から1957年には、らい研究所の分室が園内に設置され、宮崎松記園長が分室長を務めました。薬学研究者の佐竹義継は、この恵楓園でアセタミンやチオザミンなど、いくつかの新たな抗らい薬を開発しました。彼はその功績により桜根賞を受賞しており、中国での先駆的な臨床研究にも携わっています。

療養生活と文化

療養所内の居住舎は、患者の障害の程度に合わせて不自由者棟と一般寮が設けられています。園内では、納涼盆踊り大会、長寿を祝う会、文化祭、クリスマス、ゲートボール大会など、年間を通して様々な行事が開催され、患者たちの生活に彩りを添えています。文化活動も盛んで、短歌指導者の内田守や、患者絵画クラブ「金陽会」が活動しました。「金陽会」の作品や活動は、メディアでも紹介され、高い評価を受けています。

中でも特筆すべき文化財として、「恵楓音頭」があります。これは、患者自身が作詞した盆踊り歌であり、亡くなった同病患者への哀悼、当時の困難な状況、仏教への帰依、諦観、そして未来への希望など、様々な感情が込められています。65番まで記録された歌詞の他にも多くの歌があり、現在も盆の時期にはクライマックスで踊られています。歌詞の一部には、「しのぶなさけは みな谷川の 同じ鳴る瀬のゆくすえまでも」や、「こんど生まれりゃ大臣様よ そんな気持ちで暮らそじゃないか」など、患者たちの複雑な心情や前向きであろうとする姿勢が垣間見えます。

敷地内には、Yショップや杉山簡易郵便局といった生活関連施設のほか、NPO法人が運営する民間保育所「かえでの森こども園」、カトリック恵楓園教会などがあり、地域との交流の場ともなっています。

歴史資料館

ハンセン病問題の歴史を伝え、啓発活動を行うため、2022年5月13日に旧社会交流会館が改修され、「歴史資料館」として開館しました。資料館は旧事務本館（1951年建設）に設置された社会交流会館を前身とし、2階建ての本館と増築された新館で構成されています。世界、日本、熊本におけるハンセン病関連の年表、皇室からの下賜品である楓御沙汰書、熊本の医学史に関する資料、当時の医学雑誌や治療薬、そして物乞いをする患者やプロミン注射の様子、強制収容が行われた本妙寺集落解散時の写真など、貴重な資料を多数展示しています。また、患者たちが置かれた過酷な状況を示す「望郷の穴」が開けられた壁の実物なども展示されており、ハンセン病患者が直面した差別や偏見、そして懸命に生きた証を後世に伝えています。資料館は予約制で、火曜日から金曜日の午前9時30分から午後4時30分まで開館しています。

四大事件

恵楓園およびその患者たちは、日本のハンセン病隔離政策や社会的な偏見・差別が生んだいくつかの大きな事件に直面しました。「四大事件」と呼ばれる出来事は、その象徴です。

1. 本妙寺事件（1940年）: 「無らい県運動」や「らい根絶20年計画」の一環として、熊本市本妙寺周辺にあった患者集落が、警官や療養所職員によって襲撃され、患者が強制的に収容されました。これは、寄付強要などの問題行動への対策や、長年の腐れ縁を断つ目的もあったとされますが、多くの患者が重症者を除いて他施設へ移送される結果となりました。
2. 藤本事件（別名 菊池事件）: 第二次無癩県運動の過程で発生した事件です。
3. 龍田寮事件（別名 黒髪校事件）: 恵楓園内の保育園「龍田寮」に暮らす、ハンセン病に感染していないとされる患者の子どもたちが、一般の小学校（黒髪小学校）への通学を望んだ際に起こりました。1954年、地域住民の一部やPTAの反対運動により、入学が阻止される事態に発展しました。療養所側や熊本大学の尽力により、調停を経て子どもたちは通学できるようになりましたが、この事件は社会の根強い偏見を浮き彫りにしました。
4. 宿泊拒否事件（別名 アイスター事件）: 患者団体が旅行行事でホテルを予約した際、宿泊を拒否された事件です。熊本県知事がホテル名を公表する異例の対応を取りましたが、その後、療養所などに対して差別的な文書やはがきが多数送られる事態が発生しました。この事件はハンセン病患者に対する偏見が依然として社会に存在することを示し、拒否したホテルは後に廃業しました。

これらの事件は、ハンセン病患者たちが直面した人権侵害や差別を象徴しており、日本のハンセン病問題の歴史を語る上で避けて通れない出来事です。恵楓園は、これらの困難な歴史を乗り越え、現在も入所者の生活を支えながら、ハンセン病に対する正しい理解の促進に努めています。

関連事項

ハンセン病、日本のハンセン病問題、ハンセン病患者の隔離、らい予防法違憲国家賠償訴訟などが関連するテーマです。

外部リンク

国立療養所菊池恵楓園公式サイト
日本ハンセン病学会
日本眼科学会
菊池恵楓園入所者自治会盆踊り歌
* かえでの森こども園

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