国際放射線防護委員会

国際放射線防護委員会（ICRP）とは

国際放射線防護委員会（International Commission on Radiological Protection、ICRP）は、放射線防護に関する専門家の立場から勧告を行う、民間の国際学術組織です。イギリスの非営利団体として公認されており、科学事務局をカナダのオタワに置いています。活動資金は主に寄付によって賄われ、政府機関や研究所、企業、専門職団体など、様々な組織から拠出されています。

ICRPの沿革

ICRPの歴史は、放射線利用の黎明期における放射線障害への懸念の高まりとともに始まりました。

1895年: X線が発見され、放射線利用が開始。
1924年: 第一回国際放射線医学会議（ICR）が開催され、国際放射線単位測定委員会（ICRU）が設立。
1928年: 第二回ICRにて、国際X線およびラジウム防護委員会（IXRPC）が設立。X線とラジウムへの過剰被曝に対する勧告を開始。
1950年: 第六回ICRで、IXRPCが現在の名称であるICRPに改称。許容線量の値を改定。
2005年: 第5専門委員会が発足。

初期には、X線とラジウムの利用による放射線障害が問題となり、IXRPCが設立されました。その後、放射線利用が医学分野以外にも拡大したことを受け、1950年に組織が再編され、現在のICRPとなりました。初代委員長はロルフ・マキシミリアン・シーベルトが務めました。

ICRPの構成

ICRPは、主委員会と5つの専門委員会で構成されており、必要に応じてタスクグループが設置されます。委員は各国政府とは独立して選任され、報酬は支払われません。任期は4年です。

第1専門委員会: 放射線の影響
第2専門委員会: 放射線の線量
第3専門委員会: 医療分野における防護
第4専門委員会: 委員会勧告の適用
第5専門委員会: 環境への防護

ICRPの主な勧告

ICRPは、国連科学委員会（UNSCEAR）の報告書などを科学的根拠として、放射線防護の枠組みに関する勧告を行っています。ICRPの勧告は、国際原子力機関（IAEA）などの国際機関や各国の法令、指針の基礎となっています。主委員会が基本勧告を示し、専門委員会が詳細を補完します。

勧告の変遷

ICRPは、科学的知見の進展や適用範囲の拡大に合わせて、勧告内容を継続的に更新しています。1958年以降、刊行物には番号が振られるようになり、これまでに以下の基本勧告が発行されました。

ICRP Publication 1（1958年）
ICRP Publication 6（1962年）
ICRP Publication 9（1965年）
ICRP Publication 26（1977年）
ICRP Publication 60（1990年）
ICRP Publication 103（2007年）

防護理念も時代とともに変化しており、被曝低減の原則は、初期の「可能な限り低い水準まで」から、「実行可能な限り低く（ALAP）」、「容易に達成できる限り低く」、「合理的に達成できる限り低く（ALARA）」へと変化しました。

ICRPは、勧告を広く浸透させるために、刊行物を低価格または無償で配布しており、2018年には大部分の刊行物がウェブサイトで無償公開されました。

初期の勧告

初期の勧告では、放射線作業者に対する耐容線量を定め、皮膚の紅斑発現を防ぐことを目安としました。1950年には、耐容線量に代わり最大許容線量の概念が導入され、放射線作業者と一般公衆に対する線量限度が定められました。

1965年には、制御されていない放射線源からの被曝も考慮されるようになり、線量限度や対策レベルが導入されました。

ICRP Publication 26（1977年勧告）

1977年の勧告では、以下の3つが放射線防護の目的として掲げられました。

1. 行為の正当化
2. 非確率的影響（確定的影響）の発生防止
3. 確率的影響の発生確率の制限

この勧告では、広島・長崎の被爆者の疫学調査結果が反映され、確率的影響の防止に関する基準が定められました。また、線質係数や線量当量、実効線量当量などの概念が導入され、外部被曝と内部被曝を統合的に評価できるようになりました。

ICRP Publication 60（1990年勧告）

1990年の勧告では、被爆者追跡調査の進展や線量評価手法の更新により、発癌リスクの評価精度が向上しました。等価線量、実効線量といった概念が導入され、放射線源が制御されていない状況での被曝に対する介入基準も設けられました。

ICRP Publication 103（2007年勧告）

2007年の勧告では、被曝線量評価手法が更新され、自然放射線を含むすべての放射線源に対して、「正当化」と「防護の最適化」の原則を適用することが提唱されました。また、環境（人以外の生物）に対する放射線防護も評価対象に含まれるようになりました。

ICRPに対する批判

ICRPの勧告には、基準が緩すぎるという批判と、厳しすぎるという批判の両方があります。

基準が緩すぎるとする批判

ICRPが再編される過程で、原子力関係の専門家が委員に加わり、放射線被曝を正当化しようとする勢力が介入したという指摘があります。また、被曝低減の原則が「可能な限り低い水準まで」から「合理的に達成できる限り低く」へと後退したことも批判されています。

基準が厳しすぎるとする批判

放射線治療における分割照射の例を挙げ、ICRPの基準が現実的ではないとする批判があります。また、ICRPが過去に放射線の危険性を過度に強調していたという指摘も存在します。

その他の批判

ICRPの勧告が実際の資料に基づかない虚偽の情報であるという批判や、ICRPの放射線リスクモデルがブラックボックス化されているという批判も存在します。

日本との関係

2011年の福島第一原子力発電所事故に際し、ICRPは声明を発表し、これまでの勧告を支持する旨を表明しました。ICRPは、緊急時の参考レベル（20-100mSv）を提案し、長期的な目標として1mSv未満を目指すべきであると提言しました。この勧告に基づき、日本では累積被曝量が20mSvを超えた地域で防護措置が取られました。

ICRPは、福島第一原子力発電所事故の教訓をまとめた報告書を2012年に発表しました。

まとめ

ICRPは、放射線防護に関する国際的な勧告機関として、長年にわたり放射線防護の基準策定に貢献してきました。その勧告は、科学的根拠に基づいて策定されており、国際機関や各国政府の政策決定に大きな影響を与えています。しかし、ICRPの勧告には、様々な立場からの批判が存在することも事実です。放射線防護に関する議論は、今後も継続されるでしょう。

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