土居市太郎

土居市太郎：不屈の精神と華麗なる棋士人生

土居市太郎(1887-1973)は、明治から昭和期にかけて活躍した、日本を代表する将棋棋士の一人です。愛媛県松山市三津浜の出身で、12歳の時に左脚の病に倒れながらも、その困難を克服し、将棋の世界で輝かしい功績を残しました。

困難を乗り越え、将棋の道へ

幼少期、左脚の病に苦しんだ土居は、治療のため上京を志します。しかし、病は不治と診断され、絶望の淵に立たされます。それでも、彼は諦めませんでした。持ち前の不屈の精神で、将棋を生涯の道とする決意を固めます。

関根金次郎門下での修業

明治40年(1907年)、遊歴中の関根金次郎十三世名人に才能を見出され、入門。上京後は関根の玄関番を務めたり、各地の将棋所を巡りながら研鑽を積みました。関根が中心となり結成された「将棋同盟社」にも参加し、着実に棋力を高めていきます。明治43年(1910年)には四段に昇段。その後、奥野一香の娘と結婚し独立を果たします。

坂田三吉との激闘と八段昇段

大正4年(1915年)、坂田三吉との対局が注目を集めます。当時六段だった土居は、坂田との対戦を依頼されますが、香落ちでの対戦を要求され、抗議しました。柳沢保恵伯爵の仲裁もあり、土居は七段に昇段し、香落ち戦で勝利を収めます。しかし、この対局の棋譜は公開されませんでした。

大正6年(1917年)、師である関根が坂田に敗れる事件が発生し、東京将棋界に衝撃が走ります。その直後、土居は坂田と対戦し勝利。坂田の名人への道を阻みます。この勝利によって、土居は八段に昇段。しかし、昇段までの道のりは平坦ではありませんでした。「将棋同盟社」での八段昇段資格を得ていたものの、関根とその支援者によって待たされていたのです。この件が原因で、関根との関係が悪化し、関根は「東京将棋倶楽部」を結成、土居は「将棋同盟社」に残りました。

「土居時代」と棋界再編

関根が十三世名人を襲位した大正10年(1921年)以降、関根は既に全盛期を過ぎており、土居が実質的なトップ棋士として活躍した時代が訪れます。この時代は「土居時代」と呼ばれています。関東大震災後の棋界再編では、「東京将棋連盟」を結成し、初代会長に就任。棋界を牽引する立場となりました。

名人戦挑戦と引退

昭和6年(1931年)、木村義雄との五番勝負では敗れましたが、昭和15年(1940年)には名人戦に挑戦者となります。しかし、木村義雄に敗れ、名人位獲得とはなりませんでした。この名人戦での唯一の勝利は「定山渓の決戦」として語り継がれています。昭和24年(1949年)に引退。昭和29年(1954年)には名誉名人を贈位されました。

名誉名人：名人位獲得なき称号

土居は実力者として長く活躍しましたが、名人位には就くことはありませんでした。そのため、名誉名人は「名人になっていない者の称号」という認識が生まれました。後に、升田幸三が名誉名人の称号を辞退したことで、名人位就位経験者である升田のために「実力制第四代名人」という称号が新たに作られることとなりました。

後世への影響と功績

土居市太郎は、数々の名勝負を残し、多くの弟子を育成しました。左脚の不自由を克服し、将棋界で頂点を目指し続けた彼の生涯は、後世の棋士たちに大きな影響を与え続けました。日本将棋連盟会長も務め、棋界の発展にも貢献した土居市太郎の功績は、今なお高く評価されています。彼の名前は、将棋史に永遠に刻まれています。

参考文献

五十嵐豊一『日本将棋大系　第13巻　関根金次郎・土居市太郎』（筑摩書房、1980年）
山本亨介「人とその時代十三（関根金次郎・土居市太郎）」（同書251頁所収）
加藤一二三『日本将棋大系　第14巻　坂田三吉・神田辰之助』（筑摩書房、1979年）
山本亨介「人とその時代十四（坂田三吉・神田辰之助）」（同書245頁所収）
大山康晴『日本将棋大系　第15巻　木村義雄』（筑摩書房、1980年）
山本亨介「人とその時代十五（木村義雄）」（同書243頁所収）
東公平『近代将棋のあけぼの』（河出書房新社、1998年）
日本将棋連盟『将棋ガイドブック』
加藤治郎、原田泰夫『［証言］将棋昭和史』（執筆）田辺忠幸、毎日コミュニケーションズ、1999年。
増山雅人『カラー版 将棋駒の世界』中央公論新社（中公新書）、2006年。

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