地下納骨所に巣を張るもの

『地下納骨所に巣を張るもの』（原題：The Weaver in the Vault）は、アメリカ合衆国の作家クラーク・アシュトン・スミスによる短編ホラー小説です。この作品は、彼の創造した終末世界ゾティークを舞台とするシリーズの一つとして、『ウィアード・テールズ』誌の1934年1月号に掲載されました。

作品の特徴

本作は、ゾティーク・シリーズの中でも特に異質なクリーチャーが登場することで知られています。その性質は食屍鬼を思わせますが、その姿や生態はスミス独自の想像力によって生み出された唯一無二の存在です。また、掲載誌の編集長であったファーンズワース・ライトの依頼により、スミス自身がこの作品の挿絵を手がけている点も特筆されます。

ゾティーク・シリーズにおいては、未執筆に終わった作品の構想も存在しており、本作は『ウルアの妖術』などと共に、当代の王であるファモルグとその后ルナリアを中心とする王宮の人々を深く掘り下げる物語群の一部を形成しています。

あらすじ

物語の舞台は、かつてタスーン王国の首都であったカオン・ガッカの廃宮殿とその地下に広がる納骨所です。タスーンの歴代王たちの遺体は特別な薬品で処理され、千年を経ても腐敗しないミイラとしてこの納骨所に安置されていました。しかし、アグメニ王が都を放棄し遷都して以来、この地には不気味な噂がつきまとうようになります。廃宮殿の地下には、地衣類や幽霊さえもしのぐおぞましいものが潜んでいるというのです。

遥か昔、200年前のマンディス王の時代にも、寵姫のためにアウァイナ女王の黄金の鏡を納骨所から持ち帰ろうと二人の兵士が派遣されましたが、彼らは二度と戻りませんでした。以来、呪われた場所として恐れられ、足を踏み入れる者はいなくなります。

時は流れ、第59代ファモルグ王の治世。妖術に通じた后のルナリアは、強力な媚薬の材料としてタスーン王朝の創始者である大魔道士トゥネプレーズ王のミイラを所望します。ファモルグ王は渋々ながらも、ヤヌル、グロタラ、ティルライン・ルドクという三人の戦士にこの危険な任務を命じます。この「ハイエナのような仕事」と不満を漏らしつつも、彼らは駱駝に乗り込み、荒涼とした砂漠へと旅立ちます。旅の途中、彼らは笑いを司るという小神ユクラの聖堂で一夜を過ごし、やがて旧都カオン・ガッカの廃墟にたどり着きます。

三人は廃宮殿の地下深くに降り立ち、歴代王の霊廟を探索します。最初の霊廟、アグメニ王の父であるアカルニル王の墓に入った彼らを待っていたのは、王冠や衣装は残されているにも関わらず、肝心のミイラが消え失せているという不可解な光景でした。腐敗しないはずのミイラが跡形もなく消滅しており、盗賊に荒らされたり動物に食い荒らされた痕跡も一切ありません。この異常事態に、彼らは伝説上の恐怖、言い知れぬ畏れを感じ始めます。十数以上の霊廟を巡っても状況は変わらず、全てのミイラが消えていました。このまま手ぶらで都に戻れば、ファモルグ王の怒りを買うことは必定です。三人は、いっそこのまま逃げ出してしまおうかと悩み始めます。

その時、突如として大地が激しく揺れ、廃宮殿全体が崩壊しました。三人は地下深くの納骨所に生き埋めにされてしまいます。やがて、三人の中で最も若い戦士グロタラが意識を取り戻しますが、足は砕け、身動きができません。他の二人の戦士、ヤヌルとティルライン・ルドクは既に絶命していました。絶望的な状況の中、彼の視界に信じがたいものが現れます。人間の頭ほどの大きさで、無色に輝く球体が、不気味に浮遊しながら降りてきたのです。

その球体は、まず死んだヤヌルの頭部に触れました。すると、ヤヌルの頭部が溶解し始め、胴体も見る見るうちに萎んでいきます。一方で、球体は死体を吸収するにつれて、厭わしいほどに膨張していくのです。グロタラは、目の前で仲間がその球体に「食われている」のだと理解します。球体は吸収した死体によって深紅色に染まり、真珠光沢を放つ不思議な糸を吐き出し、周囲に蜘蛛の巣めいたものを張り始めます。次に、球体はティルライン・ルドクの死体に取りかかり、グロタラは目の前でその凄惨な光景をただ見ていることしかできませんでした。

グロタラは高熱を発し、衰弱していきます。しかし、彼の強靭な肉体と若さゆえに、彼はなかなか死ぬことができません。球体は浮遊したまま、彼の死を辛抱強く待ち構えています。最後の力を振り絞り、グロタラは剣を振るって球体を追い払おうとしますが、球体はやすやすとそれを躱します。そしてついに、グロタラも力尽きる時を迎えるのです。

主な登場人物

ヤヌル、グロタラ、ティルライン・ルドク: ファモルグ王の命を受けて地下納骨所へ向かう三人の戦士。グロタラは最も若く背が高い。
球体: 地下納骨所に潜む異形の怪物。死体を溶解・吸収して養分とし、膨張する。真珠光沢のある糸を張り巡らせる。
トゥネプレーズ王: タスーン王朝の創始者であり、かつて大魔道士だった。ルナリア女王がそのミイラを求める。
ファモルグ王: 当代のタスーン王。ルナリアの求めに応じて戦士を派遣する。
ルナリア女王: ファモルグ王の后。妖術に通じ、媚薬の材料としてトゥネプレーズ王のミイラを欲する。

収録情報・関連作品

本作は以下の翻訳アンソロジーに収録されています。

『ゾティーク幻妖怪異譚』（創元推理文庫、大瀧啓裕訳）
* 『呪われし地』（アーカム・ハウス叢書、小倉多加志訳、「地下埋葬室に巣を張るもの」の邦題で収録）

また、本作と同じくファモルグ王夫妻を巡る物語として、『ウルアの妖術』があります。

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