地獄より愛をこめて

聖飢魔IIの転換期を映す傑作アルバム『地獄より愛をこめて』

聖飢魔IIの3作目となるオリジナルアルバム『地獄より愛をこめて』（英題：FROM HELL WITH LOVE）は、1986年11月21日にリリースされた、バンドの転換期を象徴する作品です。前作から約7ヶ月という短期間でのリリースであり、作詞・作曲はジェイル大橋、デーモン小暮、ダミアン浜田が担当し、セルフプロデュースによって制作されました。

前2作では浜田の楽曲が中心でしたが、本作では大橋の楽曲が中心となっています。彼のアメリカンロック色の強い楽曲群は、聖飢魔IIの音楽性を大きく変化させました。特に、OVA『ウォナビーズ』の挿入歌として先行リリースされた「アダムの林檎」は、このアルバムの音楽性を代表する一曲と言えるでしょう。しかし、大橋の純粋なロックミュージシャンとしての姿勢は、バンド内の摩擦を生み出すこととなり、アルバムリリースからわずか2ヶ月後に大橋は聖飢魔IIを脱退することになります。

背景：空前の聖飢魔II人気とバンド内部の葛藤

本作リリース前の聖飢魔IIは、空前の絶頂期を迎えていました。1986年にリリースされたシングル「蠟人形の館」と2ndアルバム『THE END OF THE CENTURY』は共にオリコンチャートで高い順位を獲得、ミサツアーは各地でソールドアウト、テレビ出演も増加するなど、世間の注目度は急上昇していました。

しかし、この人気はメンバーに大きな負担とストレスをもたらしました。取材依頼の殺到、芸能プロダクションの経験不足による対応の遅れ、メンバー間のトラブル発生、そしてデーモン小暮の骨折によるイベント中止など、バンドは様々な困難に直面していました。特に、多忙によって楽曲制作に割く時間が取れなくなっていた点は深刻な問題でした。この状況を打開するため、メンバーは曲作り合宿とレコーディング合宿を実施することになります。

制作：メンバー交代と大橋の主導権

本作のレコーディングは、1986年9月から10月にかけて行われました。この頃、ベース担当のゾッド星島が脱退し、ゼノン石川が加入しています。星島の脱退理由は、音楽活動に対する両親の反対や自身の演奏力に対する劣等感など、多岐にわたっていました。

レコーディングでは、大橋が音楽面での主導権を握りました。前2作とは異なり、デビュー後に大橋が制作した楽曲が半分以上収録されています。彼は明確な音楽的ビジョンを持っており、納得のいかない作品は絶対に収録しないと固く決意していました。

しかし、大橋の強い要求は他のメンバーに負担となり、バンド内には緊張感が漂っていました。小暮は足の骨折で入退院を繰り返しており、バンドの指揮系統は崩壊状態にありました。ディレクターの丸沢和宏は、大橋のサウンドは聖飢魔IIが目指すユニークさとは異なると感じていたようです。さらに、エース清水の制作曲「Burning Blood」は、小暮の病気によりレコーディングに間に合わず、未収録となりました。

音楽性とテーマ：ヘヴィメタルの純粋な表現

大橋は、本作でヘヴィメタルの純粋な表現を目指していました。彼はレコード会社の人間からの「いいじゃない、ウケてんだから」という発言に反発し、妥協のない作品制作を貫きました。大橋の音楽に対する姿勢は他のメンバーに完全に理解されたわけではありませんでしたが、結果として、聖飢魔IIのロックサウンドは強化されました。

小暮は、本作以前の聖飢魔IIは「どうやったら驚かせることができるのか」「どうやったら恐怖のどん底に陥れられるか」という方針で楽曲制作を行っていたと述べていますが、本作以降は「どうやったら盛り上がる曲を作れるか」という方針にシフトしました。しかし、小暮自身は本作の完成度には満足しておらず、短期間での制作や「EL・DO・RA・DO」の収録を余儀なくされた点を不満に思っていました。

一方で、清水は大橋の主導権が、聖飢魔IIの音楽性を高めることに繋がったと考えています。また、ルーク篁は、大橋のアメリカンロック色が強いリフが、浜田とは異なる魅力を生み出したと評価しています。

楽曲：多様な楽曲群

本作には、「DEATH LAND」「APHRODITE」「M・O・A・I (MARAE)」「EL・DO・RA・DO」「悪夢の叫び」「魔界舞曲」「アダムの林檎」「秘密の花園」「FROM HELL WITH LOVE」「地獄への階段」など、多様な楽曲が収録されています。爆風スランプのサンプラザ中野や、レベッカの土橋安騎夫などが参加ミュージシャンとして参加しています。

リリースと評価：オリコンチャート6位を記録

『地獄より愛をこめて』は、LP、カセットテープ、CDの3形態でリリースされました。オリコンアルバムチャートでは最高位6位を獲得し、4.8万枚を売り上げました。また、2013年にはBlu-spec CD2仕様で再リリースされています。音楽情報サイト『CDジャーナル』では、本作のサウンドを「ブリティッシュ・ハード」と評し、肯定的に評価しています。

ツアーと大橋の脱退：バンドの危機と新たな出発

小暮の骨折にもかかわらず、聖飢魔IIは「大黒ミサツアー」を実施しました。しかし、このツアー中、大橋の不満はますます顕著になり、メンバー間の緊張は高まりました。最終的に、大橋は自らバンドからの脱退を申し出、アメリカへと旅立ちました。大橋の脱退は、聖飢魔IIにとって大きな転換点となりましたが、同時に、バンドの音楽性と方向性をより明確にする契機にもなりました。

『地獄より愛をこめて』は、聖飢魔IIの激動期を反映した、バンドの歴史において重要なアルバムです。ヘヴィメタルサウンド、メンバー間の葛藤、そして大橋の脱退というドラマが凝縮された、まさに「地獄」と「愛」が交錯する作品と言えるでしょう。

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