坊官

坊官：寺院運営を支えた僧侶たち

平安時代以降、寺院においては、最高指導者である別当や三綱（三綱とは、寺院の最高位僧侶を指す総称）の身の回りの世話や事務を補佐する機関、およびそこに属する僧侶を「坊官」と呼んでいました。これは、俗世の政所（政府の官庁）に相当する組織と言えるでしょう。

寺院内の僧侶の居住空間を僧房（僧坊）と呼びますが、特に別当や三綱が居住する僧房において、彼らの生活を支え、事務を処理するのが坊官の主な役割でした。当初は、単に別当や三綱を補佐する僧侶を指していましたが、時代が下るにつれて、その役割や地位は変化していきます。

特に、皇族や公家の子弟が門跡（皇室や有力貴族が世襲した寺院の地位）として寺院の要職につくようになると、寺院の運営は門跡を中心に行われるようになりました。門跡は、自身の権威を維持し、寺院を支配するために、彼らに忠実な坊官を必要としました。

門跡は、三綱以下の寺院要職の人事権を掌握し、自分自身の近侍として信頼できる僧侶を坊官に任命しました。さらに、門跡は天皇や幕府から与えられた権限（永宣旨）を行使し、本来は一定の資格を必要とする法橋・法眼・法印といった高位の僧位を坊官に与えることで、彼らの忠誠心を固め、権力基盤を強化しました。

このような状況下で、代々坊官を務める家系、いわゆる「坊官家」が出現するようになりました。彼らは、長年の経験から寺院運営の実務に精通しており、門跡はこうした坊官家も近侍の坊官と同様に遇し、自らの勢力下に組み込んでいました。本願寺の下間氏や、青蓮院の坊官である大谷氏などが、その代表的な例です。有名な豊臣大名の大谷吉継も、この大谷氏出身とする説があります。

江戸時代に入ると、門跡の公家化が進み、寺院の運営はますます公家的な様相を呈するようになりました。このため、門跡に近侍する僧侶の中でも、特に上位の者のみが「坊官」と呼ばれるようになり、それ以下の僧侶は「諸大夫」「北面」「侍」といった、公家と同様の身分制度が敷かれるようになりました。これは、寺院における権力構造が、公家社会の制度に倣って再編されたことを示しています。

このように、坊官は単なる寺院の雑役僧ではなく、寺院運営の中枢を担う重要な役割を担っていました。彼らの存在は、寺院の政治的・経済的権力の維持に大きく貢献し、平安時代以降の日本の宗教史、そして社会史においても重要な位置を占めていたと言えるでしょう。彼らの歴史を辿ることは、当時の寺院政治や社会構造を理解する上で不可欠です。

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