基部被子植物

基部被子植物とは

基部被子植物（きぶひししょくぶつ、学名: Basal angiosperms）は、現代において地球上の植物の大部分を占める被子植物の中でも、進化の初期段階で他の主要なグループから分岐したとされる植物群を指します。これらの植物は、多様性の高い真正双子葉類や単子葉類といった、被子植物の系統樹においてより派生的な位置を占めるグループが分岐するよりも早期に枝分かれしたと考えられており、「原始的被子植物（primitive angiosperms）」という別名で呼ばれることもあります。しかし、「原始的」という言葉が進化的に劣っているかのような誤解を与える可能性があるため、より系統関係を反映した「基部」という呼称が一般的になりつつあります。

構成する主要なグループ

現在の分子系統学に基づく理解では、基部被子植物は主に以下の三つの目に属する植物によって構成されています。

アムボレラ目（Amborellales）: 南太平洋のニューカレドニア島にのみ自生する、アンボレラ・トリコポダ（Amborella trichopoda）という一種の常緑低木のみが含まれる極めて小さなグループです。この植物は、現生被子植物の中で最も早期に他の全ての被子植物から分岐した系統であると考えられており、被子植物の祖先の形質を理解する上で非常に重要な存在とされています。
スイレン目（Nymphaeales）: スイレン（Nymphaea）やハス（Nelumbo）など、世界各地の水辺や水中に生育する植物が多く含まれるグループです。約70種が知られており、水生適応した形態を持ちながら、被子植物の初期の進化段階を示す特徴を併せ持っています。
アウストロバイレヤ目（Austrobaileyales）: シキミ（Illicium*）のように特有の強い香りを放つ木本類を中心に構成されるグループです。シキミ科、アウストロバイレヤ科、トリメニア科の三つの科が含まれ、主にアジアやオーストラリアの熱帯・亜熱帯地域に分布しています。約100種が知られています。

多様性と系統的位置

現生の基部被子植物は、約数十万種を数える真正双子葉類や単子葉類といった他の被子植物群と比べると、その種類数はわずか数百種程度に留まります。この限られた多様性にもかかわらず、これらの植物群は被子植物全体の進化の歴史において非常に重要な位置を占めています。

遺伝子情報に基づいた分子系統解析によれば、基部被子植物は、真正双子葉類、単子葉類、モクレン類、マツモ目、センリョウ目などを含む巨大なグループであるMesangiospermaeが進化するよりも早い段階で、被子植物の共通祖先から枝分かれした系統であると考えられています。この早期分岐性が、被子植物がどのように多様化し、現在の繁栄に至ったのかを探る上での手がかりを提供しています。

名称の由来と変遷

基部被子植物は、研究者の間では略称で呼ばれることがあり、かつては「ANITA」という呼称が用いられていました。これは、アムボレラ目（Amborellales）、スイレン目（Nymphaeales）、シキミ目（Illiciales）、トリメニア科（Trimeniaceae）、アウストロバイレヤ科（Austrobaileyaceae）のそれぞれの学名における頭文字から取られたものです。

しかし、近年の分子系統学による詳細な研究が進んだ結果、植物の分類体系が見直され、従来のシキミ目は独立した目としては扱われなくなり、シキミ属などがアウストロバイレヤ目に含められるなど、構成要素が再編成されました。その結果、基部被子植物は主にアムボレラ目、スイレン目、アウストロバイレヤ目の三つの目から構成されるという理解が広まり、これらの頭文字を取った「ANA」という略称がより一般的になってきています。

系統関係に関する議論

基部被子植物を構成するアムボレラ目、スイレン目、アウストロバイレヤ目の三つのグループ間の詳細な系統関係については、過去にいくつかの異なる仮説が存在し、研究対象となってきました。

これらの三つの目が、他の全ての被子植物（Mesangiospermaeなど）よりも早期に分岐したという点は多くの研究で一致し、強く支持されています。しかし、三者間の厳密な分岐順序、特にアムボレラ目とスイレン目の関係については議論の余地がありました。

分子系統解析の結果からは、主に二つの異なる系統樹が提案されていました。一つは、まずアムボレラ目が他の全ての被子植物の系統から最初に分岐し、次にスイレン目が分岐したとする説です。もう一つは、アムボレラ目とスイレン目が比較的近縁であり、共通の祖先から他の被子植物全体が分岐した後、アムボレラ目とスイレン目が互いに分かれたとする説です。

近年、より多くの遺伝子データを用いた研究が進んだ結果、2014年には、アムボレラ目だけでなくスイレン目もまた、他の被子植物の系統から非常に早い段階で一緒に分岐したとする説が、多くの信頼できる証拠に基づき、最も有力な仮説として広く受け入れられるようになりました。

過去の分類体系における位置づけ

基部被子植物に相当する、あるいは関連する植物群は、過去の植物分類体系においても様々な名称で言及されてきました。

「原始的双子葉類（Paleodicots または Palaeodicots）」という呼称は、かつて植物学者たちの間で非公式に用いられていたもので、単子葉植物と真正双子葉類を除く被子植物を広く指す言葉でした。1980年代に提唱されたタハタジャン体系やクロンキスト体系といった分類法では、この「原始的双子葉類」は、モクレン類から特定の目（キンポウゲ目やケシ目など）を除いた範囲に相当すると考えられていました。

これらの植物群には、単子葉植物と共通するように見える原始的な特徴（例えば、茎の維管束がバラバラに散らばっている様子、花びらや雄しべの数が三の倍数であること、花粉に三つの溝があることなど）が見られるものもありました。しかし、「原始的双子葉類」というグループは遺伝的に見て単一の共通祖先から進化したグループ（単系統群）ではなく、進化の系統を正確に反映しないため、この用語はあまり広く定着しませんでした。

その後のAPG分類体系（Angiosperm Phylogeny Group）においても、初期に分岐したと考えられる双子葉類の一部を便宜的にまとめる際に「原始的双子葉類」という概念が言及されることはありましたが、それは厳密な分類群としてではなく、あくまで進化的な位置づけを示すためのものでした。APG II体系で初期に分岐したとされたグループには、現在基部被子植物とされるアムボレラ科、スイレン科、アウストロバイレヤ目などが含まれていましたが、マツモ目などは後に系統的に異なる位置に移されています。また、草本性の被子植物で、単子葉植物や真正双子葉類に属さないものを指して「Paleoherb」という言葉が使われることもありました。

これらの過去の呼称は、被子植物の進化的な初期段階にあるグループを捉えようとする試みでしたが、最新の分子系統学に基づく分類体系では、「基部被子植物」という概念が、より明確な系統上の位置づけを示すものとして用いられています。

基部被子植物は、その限られた多様性の中に、被子植物が地球上で現在の繁栄を築く以前の姿や、進化の初期に獲得した形質を解き明かす鍵を秘めていると考えられています。アンボレラ・トリコポダのゲノム解析など、これらの植物に関する研究は、被子植物全体の進化史を理解する上で不可欠な情報を提供し続けています。

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