堀部ほり

堀部きちは、江戸時代前期、延宝3年(1675年)に堀部金丸の長女として誕生しました。幼い頃から、彼女は類まれな気品と強さを持ち合わせていたと伝えられています。母は金丸の先妻、山田氏の娘でした。

元禄7年(1694年)、21歳になったきちは、父・金丸の計らいで中山安兵衛(後の堀部武庸)と結婚します。武庸は高田馬場の決闘で名を馳せた浪人で、その勇敢さと実力を見込んだ父は、娘を彼に嫁がせることを決めたのです。

高田馬場の決闘は、武庸の活躍が有名ですが、実はきちも重要な役割を果たしていました。決闘の際、たすき代わりに紐を探していた武庸に、観衆の中から駆け寄り、自らの緋ぢりめんのしごきを差し出したという逸話が伝えられています。この機転と勇気は、武庸の勝利に貢献したと言えるでしょう。

その後、元禄14年(1701年)、浅野内匠頭長矩が吉良義央に刃傷に及んだ事件をきっかけに、赤穂藩は改易されました。夫武庸と共に、きちは困難な生活を強いられます。両国橋米沢町の借家で生活を始めますが、元禄15年(1702年)7月、吉良邸への仇討ちを決めた円山会議の後、武庸は林町五丁目の借家に移り住みました。しかし、きちは夫の元に同行することが許されず、一人、両国橋の借家で夫の帰りを待ち続けました。

元禄16年(1703年)3月、赤穂事件で夫武庸と父金丸が切腹したのち、きちは金丸の後妻わかと共に、わかの実家である忠見氏(二本松藩丹羽家家臣)に引き取られました。4月からは、わかと共に丹羽長次の正室冷台院に仕えることになります。しかし、同年10月7日、冷台院が亡くなると、再び忠見氏の家に身を寄せました。

同年、忠見扶右衛門の次男、言真が堀部家を再興します。言真は熊本藩主細川綱利に召抱えられ、きちも彼と共に熊本へと移りました。ただし、言真は同族の熊本堀部氏の子・言芳を養子に迎えたため、きちは血筋としては金丸・武庸の子孫ではなくなりました。

享保5年(1720年)5月25日、熊本で46歳の生涯を終えました。法名は芳山祖春大姉です。

後に堀部武庸の妻を名乗る妙海尼なる女性が現れ話題となりますが、これはきちの偽者であるとされています。きちの生涯は、夫の仇討ちにまつわる悲劇のみならず、時代の波にもまれながらも強く生きた女性の生き様を示す物語として、人々の記憶に深く刻まれています。彼女の生き様は、現代においても、多くの人々に勇気と感動を与え続けています。様々な困難に直面しながらも、凛とした強さと優しさを持ち続け、決して諦めなかった彼女の生き方は、後世への大きな遺産と言えるでしょう。

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