堤中納言物語

『堤中納言物語』：平安貴族の恋とユーモアが織りなす珠玉の短編集

『堤中納言物語』は、平安時代後期以降に成立した短編物語集です。作者は不明であり、10編の物語と1編の未完の断片から構成されています。各作品の成立年代も異なり、最も新しいものは13世紀以降に書かれたと考えられています。

謎めいた表題と成立年代

物語の題名となっている「堤中納言」という人物は、どの作品にも登場しません。この表題の由来については諸説あり、確かなことは分かっていません。複数の物語をまとめたことから「つつみの物語」と呼ばれ、それがいつしか藤原兼輔という実在の堤中納言と結び付けられたという説などが存在します。

10編のうち、「逢坂越えぬ権中納言」を除く作品については、詳細な成立年代や作者は分かっていません。しかし、『風葉和歌集』（文永8年、1271年成立）に、「逢坂越えぬ権中納言」をはじめ、「花桜折る少将」「はいずみ」「ほどほどの懸想」「貝合はせ」の歌が収録されていることから、これらの物語は文永8年（1271年）以前に成立したことが分かります。

各話のあらすじと特徴

『堤中納言物語』を構成する各物語は、それぞれ異なる魅力を持っています。以下、主な物語の概要を紹介します。

「逢坂越えぬ権中納言」: 天喜3年（1055年）成立、作者は小式部（小式部内侍とは別人）と確認されています。恋する女性に会いに行くものの、遠慮から最後まで踏み出せない貴公子の繊細な心情を描いた作品です。
「花桜折る少将」: 主人公の官位が伝本によって異なり、「少将」「中将」「大将」と表記が分かれています。美しい姫君に恋をした少将が、入内前に彼女を連れ出そうとしますが、誤って姫の祖母を連れてきてしまうというユーモラスな展開が特徴です。
「虫愛づる姫君」: 按察使大納言の娘を主人公とする物語で、一説には藤原宗輔とその娘がモデルと言われています。化粧もせず、毛虫を愛でる風変わりな姫君の描写が印象的です。貴公子とのやり取りは、歌のやり取りを軸に進んでいきますが、物語は未完に終わります。
「このついで」: 中宮の無聊を慰めるために始まった、女房たちによる様々な物語の語り合い。それぞれの経験や思い出が、軽妙な語り口で綴られています。
「よしなしごと」: 書簡形式で書かれた物語。僧が品物を借りるために書いた手紙の内容が引用され、その驚くべき内容がユーモラスに描かれています。
「はなだの女ご」: 複数の女性が主人についての噂話を交わす物語。題名の解釈には諸説あります。風流な男性の視点も織り込まれ、当時の貴族社会の風俗が垣間見えます。
「はいずみ」: 「墨塗説話」をモチーフとした物語。二つの妻を持つ男の、妻たちとの間の出来事が描かれています。妻の慌てふためいた様子がコミカルに描写されています。
「ほどほどの懸想」: 主従3組の、身分に応じた恋模様を描いた物語。それぞれの恋の行方や、その過程で起こる出来事が、軽やかに描かれています。
「貝合はせ」: 貝合わせを題材とした物語。蔵人少将が、姫君とその姉の貝合わせにこっそり協力する様子が描かれています。
「思はぬ方にとまりする少将」: 姉妹の姫君にそれぞれ通っている少将が、取り違えによって思いがけない相手と契ってしまうという、やや複雑な展開の物語。
* 未完断片: 「冬ごもる……」という書き出しで始まる、数行の断片。物語の続きは存在しません。

写本と伝本の状況

現存する『堤中納言物語』の伝本は全て江戸時代の写本であり、作品配列や題名などに違いが見られます。

まとめ

『堤中納言物語』は、平安貴族の生活や恋模様を、軽妙洒脱な語り口で描いた魅力的な物語集です。各話のユーモラスな展開や、当時の社会風俗を垣間見ることができる点も、この作品の魅力となっています。謎の多い表題や、作者、成立年代など、未解明な部分も多く残されていますが、それがかえってこの物語集に、より深い魅力を与えていると言えるでしょう。

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