藤原宗輔

藤原宗輔：蜂飼大臣の生涯

藤原宗輔は、平安時代後期を代表する公卿の一人です。権大納言藤原宗俊の子として生まれ、北家御門流（松木家）の祖となります。従一位太政大臣にまで上り詰めた宗輔は、その優れた音楽の才能と、意外な趣味、そして晩年まで続けた政治家としての活躍から、多くの逸話を後世に残しました。

宗輔は漢籍や有職故実に通じ、音楽にも秀でていました。笛や琵琶、箏の名手として知られ、「死ぬのは怖くないが、笛が吹けなくなるのが困る」と語ったという逸話が残っています。その音楽の才能は娘の若御前にも受け継がれ、彼女は鳥羽法皇に認められるほどの腕前でした。さらに、後の太政大臣となる藤原師長も宗輔父娘から箏を習っていたと伝えられています。

宗輔のもう一つの趣味は、自然への深い愛情でした。当時の公家にとって、自ら草花を育てることは珍しいことでしたが、宗輔は菊や牡丹を育て、藤原頼長や鳥羽上皇らに献上していました。しかし、宗輔を最も有名にしたのは、蜂を飼っていたという事実でしょう。『古事談』では養蜂が「無益な事」と嘲笑された時代において、宗輔は蜂を飼い慣らし、宮廷に蜂が大量発生した際には、枇杷の蜜で蜂を鎮めたという逸話は有名です。『十訓抄』には、宗輔が蜂に名前をつけ、気に入らない人間を刺させるために利用したという、より驚きのある記述も見られます。

宗輔の官途は順風満帆とは言えませんでした。父・宗俊の死や堀河天皇の崩御といった不幸に見舞われ、昇進は遅れ、46歳でようやく参議に任じられ公卿となりました。大治3年には、外戚の源師頼の任官に関する公文書を誤って作成し、除目のやり直しを余儀なくされるという失態も経験しています。しかし、政治に口出しすることは少なく、自身の趣味の世界に没頭する時間を多く費やしました。

56歳で権中納言となった時、宗輔は13歳の頼長と同僚となります。43歳もの年齢差がありましたが、宗輔は頼長を温かく迎え、頼長も宗輔を敬いました。この二人は強い信頼関係を築き、頼長はしばしば宗輔に政治的な相談を持ちかけたり、息子の師長への音楽の指導を依頼するなど、深い繋がりを保ちました。頼長は宗輔を高く評価し、大臣への昇進を鳥羽上皇らに何度も進言しましたが、頼長の存命中は実現しませんでした。

保元元年（1156年）、保元の乱で頼長が討たれると、頼長の側近は宮廷から追放されましたが、80歳を超えていた宗輔は処分を受けませんでした。高齢である宗輔が反乱に加わるはずがないと判断されたためです。その後、右[[大臣]]に任命され、翌年には太政大臣に昇進。これは平安時代を通じて大臣初任の最高齢記録です。

太政大臣となった宗輔は、後白河上皇と二条天皇の確執、院近臣間の対立といった激動の時代を84歳で引退するまで生き抜き、その健脚を生かして難局を乗り越えました。『堤中納言物語』の「虫愛づる姫君」のモデルは宗輔と若御前父娘であるという説もあります。宗輔は、音楽の才能、蜂の飼育という特異な趣味、そして80歳を超えてからの大臣就任という異例の人生を送った、魅力的な人物と言えるでしょう。彼の生涯は、平安貴族の多様な側面を映し出す鏡と言えるかもしれません。

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