壱伎韓国

壱伎韓国：壬申の乱を駆け抜けた武将

飛鳥時代の武将、壱伎韓国（いき の からくに）は、672年、日本史上激動の時代を彩った壬申の乱において、大友皇子（弘文天皇）方の重要な役割を担った人物です。彼の出自は、渡来系氏族である壱伎氏（壱岐氏）と推測されています。系譜については不明な点が多いものの、『松尾社家系図』には父を乙等、子を韓石と尊鑑とする記述が見られます。

壬申の乱において、壱伎韓国は当初どのような地位にあったかは定かではありません。しかし、乱勃発直後の6月末には、河内国に集結した大友皇子方の軍勢を指揮する大将として活躍していました。当時、大和国（倭）では大伴吹負が大海人皇子（天武天皇）側に付き、飛鳥京を掌握していました。

大友皇子方は、この状況を打破すべく、北には大野果安、西には壱伎韓国をそれぞれ大将に任命し、二方面からの攻撃を仕掛けました。吹負は、自軍の主力を大野果安率いる北方の軍に向け、壱伎韓国率いる西方の軍には、坂本財ら少数の兵を差し向けるという戦略をとりました。

7月3日頃、壱伎韓国の軍勢は、大津と丹比の二つの道を経て東進を開始したと考えられています。坂本財率いる部隊は、高安城から壱伎韓国軍の動きを監視し、衛我河の西で戦闘を挑みました。壱伎韓国はこれを撃破しますが、この頃、河内国司の守来目塩籠が大海人皇子方に寝返ろうとしている情報を得ます。壱伎韓国は塩籠を殺害しようと試み、塩籠は自害に追い込まれました。

5日頃、壱伎韓国軍は前進を再開、坂本財らの部隊は抵抗することなく撤退しました。壱伎韓国は、大坂道を越え、奈良盆地へと侵攻を進めます。一方、北方の戦線では、大野果安が4日、及楽山（現在の奈良市周辺）で吹負の本隊を撃破していました。しかし、倭京を遠望できる地点まで南下した果安は、飛鳥京の守りの堅さを察知し、軍を撤退させました。

美濃国からの増援を得て再編された吹負軍は、壱伎韓国軍の迎撃に向かいます。両軍の激突は葦池のほとりで起こりました。吹負軍の騎兵隊が勇士来目を先頭に、壱伎韓国軍の中へと突撃。混乱に乗じて、壱伎韓国軍は崩壊し、壱伎韓国自身も単身で逃亡を図ります。吹負は来目に命じて壱伎韓国を射殺させようとしますが、矢は外れました。壱伎韓国は命拾いしたものの、軍勢は再興できず、その後、歴史の記録から姿を消します。

壱伎韓国の生涯は、壬申の乱という激動の時代を象徴する、短いながらもドラマチックな物語です。彼の一族や経歴、そして乱における戦略、戦いの詳細など、多くの謎が残されていますが、その勇猛さと悲劇的な最期は、後世の歴史家たちに今もなお語り継がれています。彼の行動は、壬申の乱の複雑な様相を理解する上で、重要な一端を担っていると言えるでしょう。

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