大伴吹負

大伴吹負：壬申の乱を彩った武将の生涯

大伴吹負は、7世紀の飛鳥時代を駆け抜けた、大伴氏という名門の出身です。彼の名は、男吹負、あるいは小吹負とも表記されています。大伴咋を父に持ち、大徳・大伴咋の子として生まれました。

大伴氏は当時、朝廷で大きな影響力を持つ有力氏族でしたが、孝徳天皇の時代の大臣・大伴長徳の死後、勢力は衰えていました。天智天皇の治世下では、兄の馬来田と共に病を理由に公職を離れ、静かに時を過ごしていました。しかし、二人の兄弟は、次の天皇は大海人皇子（後の天武天皇）だと確信していました。

そして、天智天皇崩御の報を受けると、挙兵の機会を伺います。僅か数名の同族と数多くの豪傑たち、総勢数十名を集め、密かに準備を進めました。

天武天皇元年（672年）6月24日、大海人皇子が挙兵。兄・馬来田が皇子の後を追う中、吹負は留守を預かる形で、巧妙な策略を巡らせます。

大友皇子（後の弘文天皇）方は、大海人皇子の反乱を鎮圧しようと、倭京（飛鳥の古い都）に兵を集結させていました。この状況下、吹負は留守司の坂上熊毛と共謀。吹負が高市皇子と偽り敵陣に接近し、同時に熊毛と倭直が内応するという大胆な計画を実行に移します。

6月29日、秦熊という使いを通して高市皇子の到来を偽装。混乱に乗じて、吹負率いる数十騎が敵陣に突入。熊毛らの呼応もあり、倭京の兵はあっさりと吹負の手に落ちました。武器輸送の任についていた穂積百足は殺害され、他の使者たちは捕らえられましたが、後に釈放され、吹負の軍に加わります。高坂王や稚狭王も、吹負の側に寝返りました。

倭京の掌握に成功した吹負は、その功績を大海人皇子に報告。将軍に任命され、勢力を拡大していきます。周辺の豪傑たちが集結し、近江への攻撃作戦が立案されました。

7月1日、吹負の軍は及楽（現在の奈良県）を目指して進軍を開始します。途中で敵の大軍と遭遇する情報を得て、兵を三部隊に分け、西方へ分派。3日、及楽山に陣を構えた吹負は、荒田尾赤麻呂の進言に従い、古京への守備兵力を配置しました。

4日、及楽山で、大野果安率いる近江軍と激突。吹負は敗北を喫し、退却を余儀なくされます。西方に派遣された部隊も敗走。果安は倭京を遠望しますが、伏兵を警戒して撤退しました。

敗走中の吹負は、置始菟率いる美濃国からの援軍と合流。金綱井で敗残兵を集結させると、反撃を開始。葦池の戦いで壱伎韓国の軍を破り、中つ道の戦いで犬養五十君の軍と激突。激しい戦闘を繰り広げますが、三輪高市麻呂と置始菟の活躍で勝利を収めます。

この戦いの後、近江軍は奈良盆地への侵攻を断念。一方、近江では、村国男依らが攻勢を続け、大津に迫っていました。7月22日、吹負は他の武将を北進させ、自身は難波へ進軍。難波の小郡で、以西の諸国の国司に命じて官の鍵などを送らせました。同日、近江では大友皇子の軍が瀬田で敗れ、翌日に大友皇子は自害しました。

壬申の乱において、吹負は近江と大和の戦線で重要な役割を担い、大きな功績を残しました。しかし、乱後の彼の活動については『日本書紀』には記されていません。相当の褒賞があったと考えられますが、具体的な記録は見当たりません。贈られた大錦中という冠位は決して低くはありませんが、他の功臣と比べると低い方です。『続日本紀』によると、天武天皇の時代に常陸国の守（常道頭）を務めていたことが分かっています。

天武天皇12年（683年）8月5日、吹負は亡くなりました。壬申の乱での功績により、死後に大錦中の冠位を贈られました。『続日本紀』には、彼の死後、子孫に関する記述も見られます。彼の功績は、子孫を通して後世に語り継がれていったのです。

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