売勲事件

売勲事件：昭和初期を震撼させた叙勲をめぐる贈収賄事件

1929年（昭和4年）、昭和天皇の即位大礼を機に制作された大礼記念章の請負をめぐり、前代未聞の大規模な贈収賄事件「売勲事件」が発覚しました。この事件は、内閣賞勲局の内部に巣くっていた汚職を暴き、当時の社会に大きな衝撃を与えました。本稿では、事件の概要、関係者、裁判の経緯、そして事件が与えた影響について詳細に解説します。

事件の発端：大礼記念章の請負と政治資金の詐取

事件の発端は、昭和天皇の即位を祝う大礼記念章の製作請負です。長島弘らによって設立された日本勲章製作株式会社は、賞勲局総裁であった天岡直嘉の私設秘書である鴨原亮暢と結託し、記念章の請負を口実に、東京、大阪、京都の貴金属商から多額の政治運動費を詐取しました。天岡自身もこの事実を知りながら、不正な資金を受け取っていたことが判明しています。

関係者の逮捕と捜査の拡大

1929年8月、田中内閣の辞任に伴い天岡が賞勲局総裁を辞任した直後、この不正が明るみに出ました。東京検事局は天岡を涜職罪で起訴、収容しました。捜査は拡大し、多くの政治家や実業家が逮捕されました。日魯漁業社長の堤清六、横田永之助、藤田謙一、熊沢一衛、渡辺孝平、兵藤栄作らが、天岡への金銭提供と引き換えに勲章や褒章を授与されていたことが明らかになったのです。特に、堤清六は1万3千円、藤田謙一は5千円もの巨額の賄賂を提供していました。

これらの逮捕劇は世論の激しい批判を招き、検察は事件の捜査に全力を注ぎました。新聞記事の差し止めなども行われ、捜査の徹底ぶりがうかがえます。贈賄側の一人である大阪の時計商・生駒斎吉も連座して起訴されましたが、予審免訴となっています。一方、俳優の尾上菊五郎や実業家の福澤桃介なども捜査の対象となりましたが、無罪とされました。

天岡直嘉の破産と私生活

事件の背景には、天岡直嘉自身の金銭問題がありました。田中内閣成立直前に破産宣告を受けた天岡は、債権者との妥協によって破産を取り消し、賞勲局総裁に就任していました。しかし、債権者からの追及が続き、鴨原を使って賄賂を受け取っていたのです。その総額は約8万円にのぼりました。天岡は、受け取った金の大半を私的な贅沢に使い果たしていたことが明らかになり、世間の非難を浴びることとなりました。

裁判と判決

1930年5月、予審が終了し、翌年から東京地方裁判所で裁判が始まりました。五私鉄疑獄事件、合同毛織疑獄事件と合併審理され、139回にも及ぶ長期審理の後、1933年5月、天岡直嘉に懲役2年、鴨原亮暢に懲役1年などの判決が下されました。検察側は判決に不服として控訴、上告しましたが、最終的には大審院で棄却されました。

事件の影響と勲章制度の改革

売勲事件は、日本の勲章制度に大きな衝撃を与えました。事件後、それまで民間業者に発注されていた勲章の製造を一元的に造幣局が行うようになりました。また、事件の性質は型にはまったものであり、量的に見れば必ずしも大きなものではなかったとする見解もありますが、世間の批判は厳しく、日本の政治と社会に大きな影響を与えたことは間違いありません。

まとめ

売勲事件は、昭和初期の日本の政治と社会の闇を浮き彫りにした事件です。権力と金銭の癒着、そしてその裏側にある人間の欲望が、この事件を通して露呈しました。この事件は、日本の政治改革、そして国民の倫理観に大きな影響を与え、今日に至るまで記憶されています。

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