多門重共

多門伝八郎：赤穂事件と『多門筆記』の影と光

多門重共（おかど しげとも）、通称多門伝八郎は、江戸時代の幕府旗本として知られる人物です。その名を不朽のものとしたのは、元禄14年（1701年）に発生した赤穂事件への関与です。浅野内匠頭長矩の切腹における副検死役を務めた多門は、事件の状況を克明に記した『多門筆記』の著者としても有名です。しかし、この記録は歴史的真実を正確に伝えるものなのか、様々な議論を呼んでいます。

旗本としての経歴

多門は、旗本朝比奈彦右衛門真辰の三男として誕生しました。幼少期は三左衛門と称していましたが、後に伝八郎と改名。旗本多門信利の婿養子となり、信守と名乗るようになります。その後、順調に出世の階段を登り、御書院番、進物役などを歴任。元禄9年には小十人頭に任命され、さらに元禄10年には目付に転じ、所領も増加しました。

赤穂事件における役割

赤穂事件において、多門は浅野長矩の取り調べと切腹の副検死役という重要な役割を担いました。事件の真相解明に尽力したと推測されますが、『多門筆記』には吉良義央への刃傷の明確な動機は記されていません。しかしながら、浅野長矩の最期の姿や周囲の状況は、非常に詳細に記述されています。同書には、浅野が切腹前に「吉良はどうなるのか」と尋ねた際に、多門が「老人なので長くは持たない」と答えたエピソードも記されています。また、検死の場における検視役とのやり取りや、片岡高房への面会許可を取り計らったことなども記録されています。

『多門筆記』の信憑性

『多門筆記』は、赤穂事件に関する貴重な一次資料として扱われてきました。しかしながら、その記述内容の信憑性については、様々な疑問が提起されています。後世の加筆修正や、赤穂浪士側に感情移入した美化、創作などが含まれている可能性が指摘されているのです。江戸文化研究家の佐藤孔亮氏は、『多門筆記』を「読めば読むほど作り事めいて見える」と評し、多門自身の経歴や晩年の状況を考慮し、自らの輝かしい過去を美化して記した可能性を示唆しています。また、同書には人名や役職の誤記も多く見られ、他の史料との整合性にも問題点が見られます。例えば、浅野長矩の辞世とされる歌も、他の資料と比較すると酷似した表現が見られますが、出典元が不明確である点も批判の対象となっています。

後世への影響と創作

『多門筆記』は、忠臣蔵の物語を語る上で重要な資料の一つとされ、多くの作品に影響を与えました。しかしながら、その内容の信憑性に関する議論が絶えないことは、歴史資料を扱う上での慎重さが必要であることを改めて示しています。また、演劇などでは、多門が赤穂浪士の通行を拒否したという逸話が創作として加えられている場合もあります。

まとめ

多門伝八郎は、赤穂事件に関わった重要な人物であり、『多門筆記』は貴重な資料ですが、その記述内容の正確性については、常に批判的な視点を持つことが必要です。歴史的事実と創作、あるいは後世の解釈が混在している可能性を踏まえ、多角的な視点から検証することが重要です。多門自身の生涯と『多門筆記』は、歴史を学ぶ上で、その信憑性と解釈の難しさを示す、興味深く、そして複雑な事例と言えるでしょう。彼の記録は、赤穂事件を理解する上で重要な要素の一つではありますが、同時に歴史資料の検証の重要性を改めて認識させてくれるものです。 様々な資料を比較検討し、歴史的事実を多角的に捉える姿勢が、真の歴史理解に繋がります。

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