多領域作戦

多領域作戦（Multi Domain Operations, MDO）

概要

多領域作戦（MDO、マルチドメイン作戦とも称される）は、アメリカ陸軍主導で構築された現代の軍事思想です。これは、アメリカ合衆国と同等の軍事力を持つと考えられる敵対者との衝突を想定しており、従来の陸・海・空といった物理的な領域に加え、宇宙、サイバー、電磁波といった新しい領域を統合的に活用することで、戦場全体での優位を確立し、支配を図ることを目指します。2000年代後半から検討が開始され、その後の研究を経て、2017年には陸軍の主要な教範（FM3-0）に正式に採用されました。日本においても、2018年末に策定された防衛計画の大綱（30大綱）で導入された「領域横断作戦（Cross Domain Operations, CDO）」という概念は、細かなニュアンスの違いはありますが、MDOと概ね一致する考え方であるとされています。

構想の成立過程

MDOの構想は、冷戦終結後のアメリカ軍の変化と、新たな脅威の台頭への対応として生まれました。1980年代のエアランド・バトル（ALB）ドクトリンを通じてアメリカ軍は統合作戦能力を高め、1990年代には軍事における革命（RMA）にも着手しました。これらの取り組みは、その後の湾岸戦争やイラク戦争で成果を上げ、米軍の軍事的優位を確立しましたが、2001年の同時多発テロ以降は対テロ作戦に重点が置かれるようになり、アフガニスタンやイラクでの長期的な関与が続きました。その結果、非対称戦争における優位確保に注力するあまり、大国間競争における優位性の維持がおろそかになる時期が生じました。

この間、中国やロシアといった国々は、ALBなどの米軍ドクトリンを詳細に分析し、多次元にわたる接近阻止・領域拒否（A2/AD）能力を向上させました。これに対抗するため、2009年からはアメリカ海軍・空軍がエアシー・バトル（ASB）コンセプトの研究を主導しました。しかし、陸軍はアフガニスタンやイラクでの作戦に集中せざるを得ず、新たなコンセプト開発においては後れを取っていました。

2010年代に入り、アフガニスタンやイラクからの関与が縮小するにつれて、陸軍は予算削減の可能性に直面しました。これにより、陸軍内ではASBコンセプトにおける自身の役割を確保する必要があるという認識が高まりました。2012年には、ASBの上位概念である統合作戦アクセスコンセプト（JOAC）と並行して、統合侵入作戦コンセプト（JCEO）が発表され、水陸両用作戦や空中機動作戦の活用が提唱されました。しかし、この時点では、アクセスがすでに確保されている前提であり、陸軍はA2/AD脅威そのものへの対処にはあまり関心を寄せていませんでした。

陸上作戦の再評価と新たな課題

同年11月、陸軍参謀総長オディエルノ大将は海兵隊や特殊作戦軍と共同で戦略的ランドパワー・タスクフォースを設置し、陸上作戦の重要性に関する議論が活発化しました。2014年には、訓練教義コマンド（TRADOC）が「複雑な世界における勝利」と題する陸軍作戦コンセプト（AOC）を発表。これは紛争における人間的要素を重視しつつも、A2/AD脅威への対応や多領域にわたる戦力統合の考え方を打ち出し、MDOの前身と位置付けられています。同時期に生じたクリミア危機とドンバス戦争を受けて、TRADOCはロシアの新世代戦（RNGW）を研究。これにより、ロシア軍が砲兵とサイバー・電子戦を連携させて大きな戦果を上げていることや、従来米軍が前提としていた航空優勢が必ずしも保証されない可能性が認識されるようになりました。これらの懸念は、後に陸軍幹部によって公に指摘されることになります。

MDBを経てMDOへ

MDOコンセプトの直接的な起源とされるのは、2015年4月にワーク国防副長官が行った演説における「エアランドバトル2.0（ALB 2.0）」の必要性の提唱です。これは、精密誘導兵器やサイバー・電子戦能力を持つ敵に対抗するための構想でした。この考え方は陸軍内で急速に浸透し、2016年8月には陸軍参謀総長ミリー大将によって「多領域戦闘（Multi Domain Battle, MDB）」の概念が公表されました。このMDB概念は、その後の陸軍教範に組み込まれ、統合地上作戦（ULO）の一部として整理されました。当初のMDBは戦闘レベルに重点が置かれていましたが、構想をさらに深化させ、作戦レベルまで包含する必要があるとの認識から、MDBはMDOと改称され、現在に至ります。

MDOの様相と具体的な部隊編成

MDOの核心は、陸・海・空、そして宇宙・サイバー・電磁波といった複数の領域で作戦を統合・調整し、多方面から敵を追い詰めることにあります。また、特筆すべきは、平時と戦時を明確に区別する米国の伝統的な考え方から脱却し、すべてのフェーズを通じて敵対国との競争が存在することを明確に打ち出している点です。

特に西太平洋地域でのMDOは、海洋圧力戦略（Maritime Pressure Strategy）との関連が指摘されています。これは、米中間の潜在的な軍事衝突を念頭に置いた戦略で、中国による奇襲的な侵攻による既成事実化を防ぎ、軍事侵攻の試みは失敗に終わることを中国指導部に認識させることを目的としています。

この海洋圧力戦略の一環を構成するのが、インサイド・アウト防衛作戦構想（Inside-Out Defense operational concept）です。これは、東シナ海などの内側で作戦する潜水艦、無人艇、無人航空機、そして第一列島線沿いに配置される地対艦・地対空ミサイル部隊や電子戦部隊からなる「インサイド部隊」によって精密打撃ネットワークを構築するものです。もし敵の攻撃により防御に隙が生じた場合、後方に控える海・空軍および電子戦部隊からなる「アウトサイド部隊」がこれを補強し、敵の弱点を攻撃するという考え方です。

陸軍におけるインサイド部隊の中核となるのが、マルチドメインタスクフォース（Multi-Domain Task Force, MDTF）です。MDTFは他軍種の人員も含めて約500名規模で編成され、戦略火力大隊と防空大隊を基幹とします。戦略火力大隊は、従来の火砲に加え、高機動ロケット砲システム（HIMARS）や長距離極超音速兵器（LRHW）といった長射程の精密打撃能力を持ちます。また、電子・情報戦部隊も組み込まれており、攻撃的・防御的な電子戦を実施します。陸軍初のMDTFは、2018年の環太平洋合同演習（RIMPAC）に参加し、対空火力の援護下で長距離砲兵や対艦ミサイルによる実艦標的への攻撃を実証しました。陸軍は将来的に合計5つのMDTFを構築する計画であり、インド太平洋地域に2個、欧州、北極圏、グローバル対応にそれぞれ1個ずつを配置することを想定しています。これらの部隊は、MDO構想を実現するための具体的な手段として期待されています。

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