夜へ急ぐ人

「夜へ急ぐ人」は、歌手ちあきなおみが1977年9月1日にシングルとして発表した、彼女にとって通算26枚目にあたる楽曲です。その後の音楽シーンにおいて、特にその衝撃的なパフォーマンスゆえに伝説として語り継がれることになります。

この楽曲の作詞・作曲は、個性的なフォークシンガーとして知られる友川かずきが手がけました。当時のちあきなおみは、音楽的な新境地を開拓しており、ニューミュージック系のシンガーソングライターから積極的に楽曲提供を受けていました。先行シングル「ルージュ」が中島みゆきの作品であること、続く「あまぐも」が河島英五の手によるものであることからも、その傾向が伺えます。「夜へ急ぐ人」は、元々、当時開催されていた『広島平和音楽祭』への出品を念頭に企画されたと言われていますが、楽曲が内包するテーマ、すなわち「日本の女の狂乱」は、平和音楽祭の掲げる主題とは直接的な関連性を持たないものでした。

「夜へ急ぐ人」が世間に強烈な印象を残したのは、1977年の大晦日に放送された『第28回NHK紅白歌合戦』での歌唱によるところが大きいでしょう。このステージでちあきなおみが見せた、狂気すらはらんだ鬼気迫るパフォーマンスは、それまで和やかな雰囲気に包まれていた会場の空気を一変させました。歌唱後、白組司会を務めていた山川静夫氏が、台本にないと思われる「なんとも気持ちの悪い歌ですねえ」という異例のコメントを発したことは、この歌が観る者に与えた衝撃の大きさを象徴するエピソードとして、今なお多くの人々の記憶に残っています。このパフォーマンスは、単なる歌唱を超えた表現として、後世のアーティストや評論家によっても高く評価されています。

シングルバージョンの編曲は、数多くの名曲を手がけた宮川泰が担当しました。また、翌1978年に発売されたアルバム『あまぐも』に収録されたアルバムバージョンは、ロックバンド「ゴダイゴ」のホーンセクションリーダーを務めていた岸本ひろしが編曲を手がけています。アルバムバージョンは、岸本氏の手により、シングルとはまた異なるサウンドアプローチがなされています。

シングル「夜へ急ぐ人」には、「夜へ急ぐ人」とカップリング曲「海のそばで殺された夢」が収録されています。どちらも作詞・作曲は友川かずき、編曲は宮川泰です。また、この楽曲の作詞・作曲者である友川かずき自身も、1996年に発表したアルバム『ぜい肉な朝』の中で、「夜へ急ぐ人（ちあきなおみに捧ぐ）」というタイトルでセルフカバーを行っています。これは、この楽曲がオリジナル歌唱者であるちあきなおみだけでなく、作者にとっても特別な一曲であることを示唆しています。

「夜へ急ぐ人」は、その歌詞世界、楽曲の構成、そして何よりもちあきなおみによる圧倒的な表現力によって、日本の歌謡史において異彩を放つ作品となりました。特に紅白でのパフォーマンスは、音楽が持つ表現の可能性、そしてそれが視聴者に与えるインパクトの大きさを改めて知らしめる出来事として、時代を超えて語り継がれています。

もう一度検索