大公の聖母

『大公の聖母』（伊: Madonna del Granduca）は、盛期ルネサンスを代表する画家ラファエロ・サンツィオが1505年から1506年にかけて制作した油彩画です。この作品は、トスカーナ大公フェルディナンド3世が特に愛したことでその名が知られ、ラファエロの聖母像の中でも特に有名な作品の一つです。

作品の特徴

画面に描かれているのは、赤と青の衣装を身にまとった聖母マリアが、幼いイエス・キリストを抱きかかえるという、伝統的な聖母子像の構図です。ラファエロがフィレンツェに到着して間もない頃の作品で、師であるペルジーノの影響を受けつつも、レオナルド・ダ・ヴィンチのスフマート技法を取り入れ、絵画に優雅な調和をもたらしています。

一見すると、暗闇の中に浮かび上がるように見える聖母マリアと幼いイエスですが、実は黒い背景は後世に加筆されたものです。この加筆は2層にわたっており、オリジナルの状態への修復は不可能とされています。

来歴

本作が描かれた経緯は不明な点が多いですが、1799年12月23日にウフィツィ美術館の監督官トンマーゾ・プッチーニがフェルディナンド3世に宛てたメモが、最古の記録として残っています。当時、トスカーナはナポレオンの侵攻にさらされており、プッチーニは美術品を略奪から守る必要がありました。そんな中、貧しい未亡人の家から、状態の良いラファエロの聖母子像が発見され、画商に売りに出されているという情報が入ります。この情報を知った大公は、プッチーニに絵画の購入を指示し、こうして『大公の聖母』は世に出ることになりました。

フェルディナンド3世は本作を非常に気に入り、自身の寝室に飾って愛蔵しました。1800年には他のコレクションと共にパレルモに移され、その後は亡命先のヴュルツブルクへも運ばれました。1814年にトスカーナ大公に復位すると、翌年フィレンツェに持ち帰りましたが、大公は生涯、絵画を自身の寝室に飾ったため、一般公開される機会は限られていました。大公の死後、1828年からパラティーナ美術館で広く展示されるようになり、ラファエロの最も人気のある聖母画の一つとして、多くの人々を魅了しています。

真筆性と科学的調査

絵画の真筆性については、発見当初からラファエロの作品であることは疑われていません。しかし、黒地の背景はラファエロの他の作品には見られない表現であり、背景部分がラファエロの真筆であるかどうかが議論されてきました。真筆を疑う研究者は、背景の下にラファエロが描いた本来の背景が隠されていると考えました。

1984年にピッティ宮殿で開催されたラファエロ展では、科学的な調査が行われました。その結果、ラファエロが下絵を転写する際にスポルヴェロ技法を使用していることが判明しました。また、X線撮影により、黒地の背景の下に室内空間の風景が隠されていることも明らかになり、黒地の背景が後世に加筆されたものであるという説を裏付けることとなりました。

しかし、黒い背景がラファエロによって描き直されたとする説も存在しました。しかし、最下層の背景部分に剥離した個所があり、そこにも黒色顔料が塗りこまれていることが分かったことから、背景の加筆は、少なくとも、オリジナルの顔料が剥離するほど時間が経過した後になされたものであることが判明しました。さらに、黒地の上に塗られた部分は、ラファエロの筆致とは異なる闊達なタッチであり、顔料の成分も異なっていることが、科学的な分析によって判明しました。

これらの調査から、17世紀から18世紀の間に、背景の保存状態が悪かったため、黒色顔料で塗り直されたと考えられています。その際に、聖母マリアとキリストの輪郭部分が隠れてしまったため、黒地の上に加筆がなされたと推測されています。

現在、『大公の聖母』はフィレンツェのパラティーナ美術館に所蔵されており、多くの人々がその美しさを堪能しています。ウフィツィ美術館には本作品の習作素描が所蔵されています。



ウフィツィ美術館公式サイト, ラファエロ・サンティ『大公の聖母』
ウフィツィ美術館公式サイト, ラファエロ・サンティ『大公の聖母』習作素描
ピッティ宮殿公式サイト

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