ピッティ宮殿

フィレンツェの至宝、ピッティ宮殿

ピッティ宮殿は、イタリア・フィレンツェに位置するルネサンス様式の壮大な宮殿です。アルノ川の西岸にそびえ立ち、ウフィツィ美術館とはヴァザーリの回廊で繋がっています。かつてはトスカーナ大公の宮殿として、約400年もの間、メディチ家を中心に政治と文化の中心地として機能しました。現在は美術館として公開され、その歴史と美術的価値に触れることができます。

宮殿の歴史

1457年、フィレンツェの銀行家ルカ・ピッティが、メディチ家に対抗し、より豪華な宮殿を建設しようと試みたのが始まりです。しかし、ピッティの財政難と陰謀の発覚により、建設は中断されました。1550年頃、初代トスカーナ大公コジモ1世が、体調を崩しがちだった妻のために宮殿を買い取り、建設が再開されます。建築家バルトロメオ・アンマナーティが改修を担当し、背後の庭園（現在のボーボリ庭園）はトリボロの設計に基づいて造られました。

宮殿と庭園の整備は、コジモ1世からフランチェスコ1世、フェルディナンド1世の三代に渡り、約半世紀近く続けられました。1580年にウフィッツィ美術館が完成し政治の場として機能するようになると、メディチ家は私的な時間をピッティ宮殿で過ごすようになりました。これにより、公私の空間が分離されたのです。

メディチ家は芸術を愛し、美術品の収集に熱心でした。ルネサンスを代表する絵画や宝飾品が、時の当主によって集められ、現在のピッティ美術館の中核をなしています。1737年、メディチ家最後の当主ジャン・ガストーネが後継ぎを残さずに死去。彼の姉でありメディチ家最後の血筋であるアンナ・マリーア・ルイーザ・デ・メディチが1743年に亡くなり、メディチ家の主流が途絶えました。その後、トスカーナ大公の地位はロートリンゲン家に引き継がれました。

アンナ・マリーアは死に際し、メディチ家のコレクションをフィレンツェから持ち出さないことを条件に、すべての美術品をトスカーナ政府に寄贈する遺言を残しました。この遺言によって、メディチ家のコレクションが散逸を免れたのです。

近代の変遷

ピッティ宮殿は、ロートリンゲン家に所有が移った後も、美術品の収集と増改築が続けられました。19世紀末には、ほぼ現在の形となっています。しかし、1799年にはナポレオン率いるフランス軍によって、一部の美術品がフランスに持ち去られるという事件も起こりました。その後返還されたものもありますが、すべてが戻ったわけではありません。これは、ウフィツィ美術館のコレクションが残されたこととは対照的です。ピッティ宮殿のコレクションがより私的な財産としての性格が強かったからだと指摘されています。

ナポレオン失脚後、トスカーナ大公国はロートリンゲン家の手に戻りますが、その後サルデーニャ王国に併合され、ピッティ宮殿の所有者もサヴォイア家に変わります。1911年、ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世によって文部省に移管され、美術館管理局の管轄下に置かれ、アンナ・マリーアの遺言に従い、一般に公開されることになりました。

宮殿の特徴

ピッティ宮殿は、約400年にわたり増改築を重ねてきました。宮殿の建設は公共事業としての役割も果たしており、増え続ける宮廷関係者を収容する必要があったためです。また、宮廷としての性格が強かったため、著名な建築家よりも大公と繋がりの深い建築家が選ばれる傾向にありました。1616年の設計競技では、当時すでに著名だったチーゴリやゲラルド・シルヴァーニが落選し、宮廷建築家のジュリオ・パリージが選ばれています。

他の宮廷との大きな違いは、複数の宮廷が共存していた点と、大公一家が季節ごとに居室を移動していた点です。ピッティ宮殿には、大公一家だけでなく、その親族も生活していました。また、居室の移動は他の宮廷でも見られる習慣ですが、ピッティ宮殿では階を移動するという点で特徴があります。

宮殿の年表

15世紀: フィリッポ・ブルネレスキの設計により着工。宮殿主要翼の中央部が形成。
1561年～1577年: バルトロメーオ・アンマンナーティにより新翼部、中庭部分が増築。
1563年: アンマンナーティがボーボリ庭園の建設に着手。
1565年: ジョルジョ・ヴァザーリによってヴァザーリの回廊が完成。
1620年～1650年: パリージ父子により主要翼の大規模な増改築を実施。
19世紀末: 両側翼が完成し、現在の姿になる。

ピッティ美術館

1833年に公開されたピッティ美術館は、メディチ家を中心とした歴代の当主が収集した1000点以上の美術品を所蔵しています。特に絵画コレクションが充実しており、「パラティーナ美術館」とも呼ばれています。コジモ2世が1620年頃から収集を始め、ピエトロ・ダ・コルトーナが内装を手がけた「ヴィーナスの間」「アポロの間」などがあります。

主な収蔵品は以下の通りです。

ラファエロ: 『大公の聖母』、『小椅子の聖母』、『ヴェールを被る婦人の肖像』など
アンドレア・デル・サルト: 『サン・ガッロの受胎告知』、『三位一体の論議』、『パッセリーニの聖母被昇天』など
ルーベンス: 『四人の哲学者』、『キリストの復活』、『戦争の惨禍』など
アンソニー・ヴァン・ダイク: 『グイド・ベンティヴォーリオ枢機卿の肖像』
その他: フィリッポ・リッピ、ボッティチェリ、ソドマ、ティツィアーノ、アンニーバレ・カラッチなどの作品

その他の博物館

近代美術館: 3階に位置し、マッキア派の絵画を中心に展示。
銀器博物館: メディチ家の骨董品を展示。オニキスのカメオが有名。
衣装博物館: 3階北側に位置。
陶磁器博物館: ボーボリ庭園内にある。
馬車博物館: ロートリンゲン家とサヴォイア家が所有していた馬車を展示。

ボーボリ庭園

総面積4万5000m2の大庭園。コジモ1世は「貴人だけの場所」として、一般人の立ち入りを禁じていました。17世紀に完成し、庭園内にはヴァザーリの回廊の出口、「ブオンタレンティの洞窟」、「円形劇場」、フォルテ・ディ・ベルヴェデーレなどがあります。バッカスの噴水にある亀に乗った小人像は、コジモ1世の忠臣をモデルにしています。

ピッティ宮殿は、その壮大な歴史と豊富な美術コレクションを通じて、ルネサンス期のフィレンツェの栄華を今に伝える貴重な遺産です。

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