大前田英五郎

大前田 英五郎

寛政5年（1793年）に上野国大前田村（現在の群馬県前橋市大前田町）で生まれた大前田英五郎（おおまえだ えいごろう）は、江戸時代末期から明治初めにかけて活躍した伝説的な侠客です。栄五郎とも記され、本姓は田島。大場久八、丹波屋伝兵衛と並び「上州系三親分」、また新門辰五郎、江戸屋虎五郎と共に「関東の三五郎」と称されるなど、その名は広く知られ、畏敬されました。特に昭和期には、任侠の世界を描く多くの映画作品の題材となり、その存在は広く大衆に浸透しました。

生い立ちと遊侠の道

英五郎は、賭博を生業とする父・田島久五郎と母きよの次男として生を受けました。祖父の代までは名主を務めた家柄でしたが、父が侠客となり賭場を開くようになったことで家運は傾いていました。父の亡き後、盲目の兄・要吉が大前田一家の跡目を継ぎます。

英五郎がまだ15歳の頃、父の縄張り内で賭場を開いた他所の侠客を咎めた際に事件が起こります。追跡中に清五郎の子分と誤って、同行していた久五郎の義子が無関係の人物を斬殺してしまい、これが原因で英五郎は初めて故郷を離れることとなります。

二度目の故郷からの逃亡は、久宮村（現・群馬県みどり市）の侠客・丈八を殺害したためとされています。この殺害の時期や状況については諸説あり、子母沢寛の小説では18歳の時、宝井琴凌の講談では24歳、宝井馬琴は22歳の時としていますが、年代と年齢に矛盾が生じます。みどり市に残る丈八の墓碑には文化14年（1817年）に36歳で亡くなったとあり、これに従えば英五郎が25歳の頃の出来事となります。

流転の逃亡生活

二度目の事件の後、英五郎は東山道を西へ逃れ、美濃国（現・岐阜県）の合渡にいた侠客、政右衛門（美濃三人衆の一人とされる政五郎と推測される）のもとに身を寄せます。ここでは博打の貸し金の取り立てなどに関わり、この過程で再び殺人を犯した可能性が指摘されています。講談では地代官夫婦を殺害したと語られますが、別の資料には尾張国（現・愛知県）で庄屋夫婦を殺害したとの記述もあり、詳細は定かではありません。その後、講談によれば信州を経て越後国（現・新潟県）へ逃れ、出雲崎の観音寺久左衛門という大親分に世話になったとされています。

捕縛、佐渡、そして帰郷

宝井馬琴の記述によれば、英五郎は32歳（文政7年、1824年）の頃に捕らえられて入牢し、佐渡島へ遠島になったとされます。佐渡で観音寺久左衛門と再会したとも言われ、久左衛門も同時期に佐渡で獄死したという記録と符合します。ただし、佐渡送りを否定する説も存在します。佐渡へ送られたとすれば、文政8年（1825年）に発生した水替人夫の集団脱走に乗じて島を脱出した可能性が考えられています。脱走中の英五郎は囚人の待遇改善を訴えていたという逸話も残されています。

故郷へ戻った英五郎は、兄・要吉から「水替（囚人労働）すらまともに務まらないような者が、一人前と言えるか」と厳しく叱責されたと伝えられています。

故郷での活動と晩年

文政9年（1826年）には、英五郎を頼って現れた国定忠治を、百々村（現・群馬県渋川市）の親分である紋治のもとへ紹介したという話があります。ただし、忠治との関係については、英五郎が距離を置いていたとする説も根強く、賭博打ちである自分が盗人である忠治と盃を交わすことはできないと断ったという話や、病に倒れた忠治に自決を勧める手紙を送ったとする記録も存在し、必ずしも親しい関係ではなかった可能性が示唆されています。

天保5年（1834年）には、かつて争った久宮丈八の一家と手打ちが成立しました。この頃から、英五郎は脇差を木刀に変えたとも言われ、心境の変化があったのかもしれません。

弘化年間（1845年頃）の初めには、伊勢崎の目明しに逮捕されたという話がありますが、この目明しの実在が確認できないことから、子分たちの嘆願によって釈放されたという話自体は史実に基づきつつも、目明しに関する部分は講談等による創作の可能性が高いと考えられています。

嘉永5年（1852年）頃からは、姪が嫁いでいた大胡（現・前橋市大胡町）に定住するようになります。この時期、英五郎は遠島となっていた子分たちに仕送りを続けるなど面倒を見ており、援助を求める手紙が各地の島から届いていたことが、後年の調査により明らかになっています。

人物像と逸話

英五郎は非常に大柄な体格であったと伝えられています。「頭が鴨居につかえた」という逸話や、晩年の姿を見た人物の証言からも「体がでかい」と評されています。兄の要吉と同様、妻妾を持たなかったため、実子はいませんでした。田島家の家督は妹の子孫や養子によって継承されています。

現存する肖像画は、75歳と77歳の時に描かせたものが複数あり、当時の姿を今に伝えています。また、三夜沢の赤城神社には、兄・要吉と共に献納した可能性のある石灯籠が残されています。

英五郎は子分たちに対し、「旦那方にはこっちから頭を下げろ」と教えるなど、礼節を重んじる一面がありました。また、侠客同士の揉め事を収めるのが非常に巧みで、「天下の和合人」と呼ばれたこともあったといいます。その勢力は非常に広大で、関東・東海・甲州一帯に多くの賭場や貸元を持っていたという話は、誇張が含まれる可能性はあるものの、彼の影響力の大きさを物語っています。

数多くの逸話が残されていますが、中には創作とされるものもあります。例えば、名古屋城下の大火で天守閣を守ったという話は、当時の火災記録と合わないため疑問視されています。また、秩父でごろつきに「大前田の栄五郎だ」と脅されたにもかかわらず、低姿勢で謝罪して立ち去ったという話は、彼の合理的な性格から見て創作であろうという意見もあります。一方で、玉村で火付盗賊改方の役人と出くわした際、物怖じせずに火を借りて煙草を吸い、役人をたじろがせたという逸話は、彼の度胸の据わった一面を示しています。

英五郎は、亡くなる直前、足の指を凍傷で失っていた以外に、体にはほとんど傷がなかったと伝えられています。足の指を失った原因については、佐渡からの脱出を試みた際とする説と、美濃から信越へ逃亡した際とする説があります。

後世への影響

大前田英五郎の生涯は、子母澤寛や山平重樹といった作家による小説、多くの映画作品（尾上松之助、大河内傳次郎、市川右太衛門などが演じた）、宝井琴凌による講談、歌、そしてテレビドラマなど、様々なジャンルで描かれ、多くの人々に親しまれました。特に任侠映画の全盛期には、その名は広く知れ渡りました。

研究者や講談師によって、その生涯や関係者に関する調査が行われ、今日に多くの史料や逸話が伝えられています。また、大相撲の横綱、前田山英五郎の四股名の下の名前は、彼に由来するとされています。

明治7年（1874年）2月26日、82歳で生涯を閉じました。墓所は出身地である前橋市大前田町と、晩年を過ごした前橋市大胡町の雷電山の二ヶ所にあります。大前田町の墓所は、前橋市の指定史跡となっています。

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