大塚恭男

大塚恭男（おおつかやすお、1930年 1月29日 - 2009年 3月8日）は、日本の医師であり、著名な医史学者です。医学博士（東京大学）。漢方医学の大家である大塚敬節の長男として生まれ、北里研究所東洋医学総合研究所の第3代所長を務めました。彼の業績は、医史学、特に東西の薬史学において高く評価されています。

生涯

1930年、高知県香美郡日章村田村（現在:香美市）にて、漢方医である大塚敬節の長男として誕生。幼少期より漢方医学に触れる機会が多く、父の背中を見て育ちました。父、敬節は漢方の勉学のため、妻と生まれたばかりの恭男を高知に残し上京。湯本求真のもとで漢方を学びました。翌年、敬節は家族を東京へ呼び寄せ、一家は牛込区船河原町へ転居。恭男は船河原町で成長し、地元の津久戸国民小学校へ入学。同級生には、後に昭和漢方を父、大塚敬節と共に築いた矢数道明の息子、矢数圭堂がいました。

1942年、東京府立第一中学校に入学。その後、武蔵高等学校を経て、東京大学医学部医学科へ進学。1955年に卒業後、インターン期間を経て第一内科に入局し、大学院では薬理学を専攻。中枢神経系の薬理作用に関する研究を行い、脳波研究で学位を取得しました。

1962年9月からは、西ドイツのベーリンガーインゲルハイム社グループ、カール・トーメ社の研究所へ留学。さらに1965年9月からは、ウィーン大学医学部薬理学教室で半年間の研究生活を送り、1966年3月に帰国しました。

短歌を通じた交流

幼少の頃から和歌や漢詩に親しんでおり、特にアララギ派の短歌に造詣が深かった大塚恭男は、東京大学在学中に短歌・俳句を通じて、有馬朗人や中西進といった文学者と親交を深めました。特に文学部の中西進とは、東京大学短歌会を再興したことがきっかけで、親交を深めました。武蔵高等学校時代からの友人であった有馬朗人とは、互いに短歌・俳句の腕を磨き合い、生涯にわたる親友として交流を続けました。

萬菫不殺

大塚恭男の医史学・薬史学における研究業績の中でも、特に注目されるのが「萬菫不殺」に関する研究です。サソリ毒とトリカブト毒が互いに打ち消し合うという現象が、1世紀の西洋で著されたプリニウスの『博物誌』やディオスコリデスの『ギリシア本草』に記述されている点に着目。この現象と類似した記述が、紀元前239年の中国で成立したとされる『呂氏春秋』にも見られることを発見しました。『呂氏春秋』には、「夫草有莘。有藟。独食之。則殺人。合而食之。則益寿。萬菫不殺。」とあり、莘と藟という草は単独では猛毒だが、合わせて食べると寿命を延ばすとされています。同様に、萬（サソリ）と菫（トリカブト）もそれぞれ猛毒だが、互いの毒を打ち消し合うというのです。この発見は、後のトリカブト殺人事件において、フグ毒とトリカブトを併用して作用時間を延長させるという手口の解明に貢献しました。

北里研究所での活動

1972年、北里研究所に東洋医学総合研究所が設立されると、初代所長に父である大塚敬節が就任。大塚恭男は非常勤として入所し、1976年に常勤となりました。その後、北里研究所部長、東洋医学総合研究所臨床研究部長、北里研究所社員、北里大学客員教授、東洋医学総合研究所基礎研究部長などを歴任。1982年には東洋医学総合研究所副所長、1984年には北里研究所理事、1986年には東洋医学総合研究所所長に就任しました。1993年には、北里研究所の副所長も兼任しています。

東洋医学総合研究所では、医史学研究に特に力を注ぎました。矢数道明が所長を務めていた時代に設立された医史学研究室をさらに発展させ、小曽戸洋や眞柳誠をはじめとする、日本の医史学界を牽引する多くの研究者を育成しました。彼は、江戸時代の学者たちが成し遂げられなかった、東西の比較医学史研究を自らに課せられた使命と考えていました。

学会・社会的活動

学会活動においては、日本東洋医学会の理事、常任理事を歴任し、1982年には日本東洋医学会副会長、1987年には日本東洋医学会会長を務めました。同年には、日本医史学会総会の会頭も務めています。1992年には、第9回和漢医薬学会の会頭を、1994年には第4回国際アジア伝統医学会の会頭を務めました。また、日本学術会議においては、医学教育・医史学研究連絡委員会委員、精神医学研究連絡委員会委員、医薬研究連絡委員会委員などを歴任しました。

修琴堂大塚医院

1996年、北里研究所東洋医学総合研究所長および北里研究所副所長を辞任し、北里研究所東洋医学総合研究所名誉所長に就任。その後は、修琴堂大塚医院の院長として、漢方診療に専念しました。晩年まで診療を続けましたが、2009年 3月8日、肺炎のため自宅で逝去。享年79歳。墓所は多磨霊園にあります。

著作

大塚恭男は、多数の著作や訳書を通じて、医史学や東洋医学の知識を広く社会に伝えました。主な著作には、『医学史の旅《パリ》』、『東洋医学をさぐる』、『東西生薬考』、『新書　東洋医学』などがあります。また、『中国本草図録』の監修も務めるなど、幅広い分野で精力的に活動しました。

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