医学史

世界の医学史：古代から現代まで

医学の歴史は、人類の歴史と密接に絡み合い、文明の発展とともに歩んできました。本稿では、西洋を中心に、世界各地の医学史を概観します。薬の歴史については、薬学史や薬草に関する文献を参照ください。

先史時代の医学

人類が文字を有する以前から、薬効を持つ植物（薬草）は利用されていたと考えられています。長い試行錯誤を経て、薬草の知識は世代を超えて蓄積され、シャーマンが治癒の専門家として重要な役割を果たしました。部族社会における知識の共有と集積が、医学の初期段階を形成したと言えるでしょう。

エジプト医学

古代エジプト文明は、3000年以上にわたる豊かな医学の伝統を築きました。乾燥した気候と優れた衛生システムにより、国民の健康状態は良好でした。ヘロドトスはエジプト人の健康状態の高さを称賛し、医学の専門化が進んでいたと記しています。

エドウィン・スミス・パピルス（紀元前3000年頃）には、外科手術に関する記述が含まれており、最古の外科手術の記録もエジプトから発見されています。イムホテプはエジプト医学の創始者の一人とされ、エドウィン・スミス・パピルスは彼の研究に基づいている可能性があります。一方、エーベルス・パピルス（紀元前1550年頃）には、迷信的な要素も多く含まれています。カフン・パピルス（紀元前1800年頃）は、婦人病に関する最古の医学文献です。

古代エジプトには「生命の家」と呼ばれる医療施設が存在し、第19王朝時代には労働者への医療保険や疾病休暇などの制度も整備されていました。ヘシレ（紀元前27世紀）は記録に残る最古の医師であり、ペセシェト（第4王朝時代）は最古の女医とされています。

バビロニア医学

バビロニアの医学文献は紀元前2千年紀前半まで遡ります。特に『診断手引書』（紀元前11世紀頃）は、診断、予後、治療計画、原因療法などが詳細に記されており、現代医学の視点に通じる合理的な要素が見られます。エジプト医学と同様に、バビロニア医学も診断、治療、予後の概念を取り入れていました。

ヘブライ医学

紀元前1千年紀のヘブライ医学に関する情報は、『旧約聖書』に多く見られます。感染者の隔離、死体処理、排泄物の処理など、衛生に関する規定が記されており、これらは感染症予防に役立っていました。これらの規定は、宗教的な理由と衛生的な観点の両面から理解できます。

ギリシャ医学

古代ギリシャ医学は、バビロニアやエジプトの医学の影響を受けました。体液のバランスを重視する体液病理説が中心的な考え方でした。ヒポクラテスは「医学の父」と呼ばれ、経験医学の創始者とされています。「ヒポクラテスの誓い」は現代においても医療倫理の指針となっています。ヒポクラテスは、様々な病気の記述を残し、肺癌やチアノーゼ性心疾患の兆候であるばち指についても言及しています。

ローマ医学

古代ローマでは、ギリシャの医学が発展を続けました。ガレノスは、ギリシャ医学を体系化し、四体液説を採用しました。彼は動物解剖を通じて人体の構造を研究しましたが、誤りも含まれていました。また、高度な外科手術も行っており、その技術は後世に大きな影響を与えました。ディオスコリデスは薬物に関する重要な著作『薬物誌』を残しました。ローマ医学は西ローマ帝国の崩壊とともに西ヨーロッパで衰退しましたが、東ローマ帝国で保存され、後世に継承されました。

ペルシア医学・イスラム医学

ペルシアは東西交易路の要衝に位置し、ギリシャとインド両方の医学の影響を受けました。サーサーン朝は、ジュンディーシャープールに医学研究の中心地を築きました。

イスラム医学は、ギリシャ・ローマ医学を基盤に発展しました。フナイン・イブン・イスハークらによるガレノスの著作の翻訳は、イスラム医学の発展に大きく貢献しました。アル・ラーズィーは、臨床経験に基づく多くの医学書を著し、麻疹と天然痘を区別した最初の医師の一人です。アッ＝ザフラウィーは近代外科学の父と呼ばれ、数多くの外科手術器具を発明しました。イブン・スィーナーは『医学典範』を著し、生理学、感染症、薬理学など、多方面に貢献しました。イブン・アル＝ナフィスは肺循環を発見し、イブン・アル＝ハイサムは光学の研究で知られています。これらの医師たちは、医学だけでなく薬学、解剖学、眼科学など、様々な分野に貢献しました。

中世・近代初期ヨーロッパ医学

中世ヨーロッパでは、ギリシャ・ローマ医学の多くが失われましたが、修道院などに保存された文献が医学知識の継承に役立ちました。ヴェサリウスはガレノスの解剖学上の誤りを修正し、近代解剖学の基礎を築きました。しかし、治療法の進歩は遅く、有効な薬剤は限られていました。

近代医学

19世紀以降、化学や研究技術の発展により、医学は大きな変革を遂げました。微生物学の進歩は、伝染病の理解を深め、殺菌法の開発につながりました。パスツール、コッホらの業績は、病原菌説の確立に大きく貢献しました。ゼンメルワイスの産褥熱予防に関する発見は、微生物病因説の先駆けとなりましたが、当時は評価されませんでした。ナイチンゲールは看護の重要性を示し、ブラックウェルは女性医師として活躍しました。レントゲン、アイントホーフェンの発明は医療現場に大きな変化をもたらしました。ペニシリンの開発は、感染症治療に革命を起こしました。精神医学分野では、クレペリンらが精神疾患の分類や治療法の開発に貢献しましたが、倫理的な問題も指摘されています。

アーユルヴェーダ医学

アーユルヴェーダは、南アジアで2000年以上前から発展してきた伝統医学です。チャラカ・サンヒターとスシュルタ・サンヒターは、アーユルヴェーダの代表的な古典です。アーユルヴェーダは、内科だけでなく外科手術についても記述されており、インド錬金術の影響も受けています。アーユルヴェーダの教育は、7年間の厳しい修業を経て行われました。

中国医学

(中国医学については、本稿では割愛します。)

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