大室幹雄

大室幹雄（おおむろ みきお、1937年6月12日生まれ）は、日本の歴史人類学者であり、文芸評論家、文明評論家、そして中国文化評論家としても知られています。その幅広い活動は、専門分野にとどまらず、文学、芸術、都市論など、多岐にわたる領域に及びました。

東京都に生まれた大室氏は、早稲田大学で学んだ後、東京大学大学院でさらに研鑽を積みました。教育者としてのキャリアをスタートさせ、高等学校で教鞭を執った経験を経て、山梨大学教授を務め、その後千葉大学教授に就任しました。長年にわたり大学で教育・研究活動に貢献し、退官後は千葉大学名誉教授の称号を受けています。

大室氏の研究対象は非常に広範ですが、特に中国文化と歴史、そして「都市」という概念に独特の視点から迫った一連の著作は高く評価されています。『正名と狂言』や『滑稽』といった初期の著作では、古代中国の思想や民俗、ユーモアのあり方を深く掘り下げました。また、『囲碁の民話学』では、囲碁という遊戯の中に潜む文化的な意味合いを読み解いています。さらに、中国史における都市を主題とした著作群、『劇場都市』『桃源の夢想』『園林都市』『干潟幻想』『檻獄都市』『パノラマの帝国』『遊蕩都市』などは、都市を単なる地理的空間としてではなく、人々の営みや世界観が投影された「世界像」や「人生劇場」として捉え直す試みであり、その独創的な視点は多くの読者に影響を与えました。

中国文化・歴史研究と並行して、日本近代の風景や文学にも深い洞察を示しました。風景論の分野では、『月瀬幻影』で近代日本の風景批評史をたどり、『志賀重昂 「日本風景論」精読』や『宮沢賢治 「風の又三郎」精読』では、近代日本の思想家や文学者の作品を通して、日本人の風景に対する感受性を精緻に分析しています。特に、民俗学者柳田国男の思想と風景観に光を当てた『ふくろうと蝸牛―柳田国男の響きあう風景』は、2004年度の芸術選奨を受賞するなど、その学術的貢献が高く評価されました。この著作は、柳田の眼差しが捉えた日本の原風景の中に、失われつつある精神的な響きを見出そうとする試みです。

評論家としては、文芸、映画（『寅さんがタバコを吸わない理由』）、美術（『美術のありか』）など、多様なジャンルで批評活動を行いました。また、ミルチャ・エリアーデの『鍛冶師と錬金術師』やロバート・ファン・フーリックのディー判事シリーズの翻訳など、海外の重要な著作を日本に紹介する役割も果たしました。

大室氏の学術的、思想的な活動は、他の識者からも注目されています。評論家の山形浩生氏は、大室氏を自身の「アイドルのうちの一人」と語り、『劇場都市』や『監獄都市』といった著作に言及しながら、その独自性を高く評価しています。また、編集者・著述家の松岡正剛氏も、自身のウェブサイト「千夜千冊」で大室氏の著作を取り上げ、その広範な知識と深遠な思索に敬意を表しています。

歴史人類学を基盤としながらも、中国文化、都市論、風景論、そして様々な文化現象に対する批評に至るまで、その研究領域は非常に広大です。大室幹雄氏は、既成概念にとらわれず、常に新しい視点から人間と文化、文明の関係を問い続けた稀有な知性と言えるでしょう。

もう一度検索