大病人

大病人

1993年に公開された日本映画。脚本・監督は伊丹十三。主演は三國連太郎と宮本信子。自身の病と向き合い、死のあり方を模索する人間の姿を、時にコミカルに、時に哲学的に描いた作品。

作品概要と受賞歴

本作は、癌により余命いくばくもないと宣告された主人公が、生と死の狭間で繰り広げる葛藤を深く掘り下げている。重いテーマを扱いながらも、伊丹監督らしいブラックユーモアや人間喜劇の要素が随所に盛り込まれており、観る者に様々な問いを投げかける。この作品は高い評価を受け、主演を務めた三國連太郎は第17回日本アカデミー賞で最優秀主演男優賞を受賞したほか、録音を担当した小野寺修も同賞の優秀録音賞を受賞している。

あらすじ

物語は、老境に差し掛かった著名な映画監督であり俳優でもある向井武平が、自身が主演を務める新作映画の撮影を進めている場面から始まる。その映画は、癌に冒された作曲家が主人公という、彼の現実とどこか重なるような内容だった。

酒と胃薬が手放せない日々を送っていた向井は、ある日体の異変を感じる。離婚寸前ながらも彼の身を案じる妻・万里子の強い勧めで、彼女の学生時代の友人である外科医・緒方が勤める病院を受診することに。検査の結果、病状はすでに進行した胃癌の末期であることが判明する。

妻の万里子は、医師の緒方と話し合い、夫には癌である事実を伏せるという道を選ぶ。しかし、入院中の向井は、病棟で知り合った他の患者たちから癌治療の過酷な現実や、同室の瀕死の患者の悲惨な状況を目の当たりにする。そして、自身に点滴されている薬剤が抗癌剤であることを悟り、自身の病が末期であることを察してしまう。

真実を隠されていたことに激昂した向井は、緒方医師に激しく詰め寄り、医師もまた彼の対応に苦慮する。混乱と絶望の淵に立たされた向井は、担当の看護婦を口説いたり、愛人である女優を病院に連れ込んだりといった常軌を逸した行動に出る。衝動的に自殺を試みる一幕もあった。

しかし、医師や妻、周囲の人々との対話や自身の内面との葛藤を経て、向井は徐々に落ち着きを取り戻していく。そして、自らの残された時間、そして自身の最期をどのように迎えるべきかという重大な決断を下す。

特徴と制作背景

本作には、仏教的な死生観が色濃く反映されている。特にクライマックスでは、黛敏郎が作曲したカンタータ『般若心経』が効果的に使用され、主人公の心情や作品のテーマをより深く印象づける。

また、この作品は日本映画史上初めて大規模なデジタル合成技術が導入されたことでも知られる。主人公が経験する臨死体験のシーンでは、当時CM制作で評価の高かった白組がデジタル合成を担当した。特に、主人公が別世界へ引き込まれる背景の洞窟は3DCGで描かれ、麦わら帽子から鳥が現れる描写では、本物の鳥をブルーバックで撮影して合成するなど、当時の最先端技術が駆使された。断崖絶壁のシーンには、ギアナ高地のエンジェルフォールの写真素材を基にしたデジタルマットペイントが用いられている。これらの合成には、白組独自のソフトウェアに加え、当時普及し始めたAdobe After EffectsやPhotoshopも使用された。

その他のエピソード

本作は国内外に影響を与えた。台湾では、本作の中国語版が国会議員向けに上映され、終末期医療における延命措置の中止などに関する法整備の必要性が議論されるきっかけの一つとなり、2000年には安寧緩和医療条例が制定されたという。また、本作のメイキング映像は、俳優の中尾彬と映画プロデューサーの野上照代が監督を務めている。

映画公開に合わせて、伊丹十三自身による執筆ノートをまとめた『「大病人」日記』や、写真家・立木義浩による撮影現場の写真集『伊丹十三映画の舞台裏 大病人の大現場』といった関連書籍も刊行されている。

（キャスト、スタッフ、関連情報などの詳細は省略）

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