太田川放水路

太田川放水路：広島の防災と自然環境の共存

太田川放水路は、広島県広島市を流れる太田川水系の本流を拡幅した、延長約9kmの洪水調節施設です。古くから洪水が多かった広島デルタの防災を目的に、山手川を拡幅する形で建設されました。昭和7年（1932年）に着工、太平洋戦争による中断を経て、昭和42年（1967年）に完成しました。児童文学『ズッコケ三人組』に登場する「大川」のモデルとしても知られています。

広島と太田川：歴史と洪水

広島は、近世には広島藩の中心地として、近代には軍都・学都として発展を遂げました。その発展は、太田川下流域の広島デルタと深く関わっています。江戸時代以降、干拓や埋立事業が進み、市街地は海に向かって広がっていきました。

しかし、太田川下流域は、古くから度重なる洪水に見舞われてきました。江戸時代には約30回、明治以降も大きな洪水が繰り返し発生し、多くの被害をもたらしました。特に、市街地は低地が多く、大潮の満潮と洪水が重なれば広範囲の浸水被害が懸念されました。

明治29年（1896年）の河川法制定、大正10年（1921年）の第2次治水計画策定など、治水対策は進められてきましたが、太田川の治水はなかなか進展しませんでした。市民の強い要望を受け、昭和2年（1927年）、内務省による太田川全流域の改修計画が策定され、昭和7年（1932年）、放水路方式を採用することが決定しました。

放水路建設：困難と工夫

放水路建設は、容易ではありませんでした。市内中心部に近い派川を拡幅するのは、都市計画や港湾との兼ね合いから困難でした。そこで、流域に重要施設が少なく、最も西側を流れていた山手川と福島川の一部を開削・拡幅して放水路とする計画が採用されました。

昭和7年（1932年）に着工したものの、太平洋戦争により昭和19年（1944年）に一時中断を余儀なくされました。戦時中は、計画高水流量を上回る洪水も発生しました。さらに、昭和20年（1945年）の原子爆弾投下により、広島市は壊滅的な被害を受けました。

戦後の復興と完成

戦後、広島の復興とともに、放水路建設は再開されました。しかし、戦後の混乱の中で、用地買収問題や漁業権の問題、住民との交渉など、多くの困難がありました。昭和25年（1950年）から工事は本格的に再開されましたが、その後も補償問題などを巡り中断と再開を繰り返しました。関係者との粘り強い協議を経て、昭和36年（1961年）に大芝水門と祇園水門の工事が始まり、昭和43年（1968年）にようやく完成しました。総工事費は、2015年度換算で約9600億円にのぼります。

完成後の役割と課題

完成後の昭和42年（1967年）から、太田川放水路は広島市の洪水調節に大きな役割を果たしてきました。昭和47年（1972年）の7月豪雨や平成17年（2005年）の台風14号など、大規模な洪水でも、浸水被害を最小限に抑えることに成功しました。

しかし、広島市の都市開発の進展に伴い、計画高水流量は何度も見直され、現在では建設当時の計画流量を大きく超える数値となっています。今後、さらに大規模な洪水が発生した場合、予定通りに洪水を分流できない可能性も懸念されています。また、老朽化対策も重要な課題となっています。

生態系と河川敷

太田川放水路は、人工河川ですが、現在では干潟や湿地が形成され、多様な生物が生息する場所となっています。カニ類や貝類、魚類、鳥類など、多くの生き物が確認されています。特に、塩生植物が生息しているのは太田川放水路だけであり、貴重な自然環境となっています。

河川敷は、一部が親水性護岸で整備され、市民の憩いの場としても利用されています。また、ローイング競技のコースとしても利用され、かつてはオリンピック開催構想も検討されていました。

まとめ

太田川放水路は、広島市の防災に不可欠な施設であり、同時に貴重な自然環境を育んでいる場所でもあります。その歴史と役割、そして今後の課題について理解を深めることは、広島の未来を考える上で重要です。今後、更なる防災対策や老朽化対策とともに、自然環境との調和を図りながら、持続可能な河川管理を進めていくことが求められます。

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