奈良武次

陸軍大将 奈良武次：昭和天皇と関東軍の狭間で

奈良武次（なら たけじ、1868年4月28日 - 1962年12月21日）は、明治から昭和初期にかけて活躍した日本陸軍の軍人です。最終階級は陸軍大将、男爵に叙せられました。栃木県鹿沼市出身の彼は、農民の子として生まれながら、陸軍士官学校を卒業し、華々しい軍歴を築き上げます。

日清戦争では臨時徒歩砲兵第2大隊副官として、日露戦争では第3軍攻城砲兵司令部員、独立重砲兵旅団司令部員として従軍しました。戦後は軍務局や参謀本部などで要職を歴任し、ドイツ駐在武官も経験しています。着実なキャリアアップを遂げ、大正3年には陸軍少将に、大正7年には陸軍中将に昇進。第一次世界大戦講和会議には陸軍委員として参加するなど、国際舞台でも活躍しました。

奈良武次の経歴における大きな転換点は、大正13年に陸軍大将に昇進し、侍従武官長に就任したことでしょう。侍従武官長は天皇の側近として、軍に関する情報を伝え、天皇の意向を軍に伝える重要な役割を担います。この立場において、奈良武次は日本の歴史の大きな転換点に関わる出来事を目の当たりにし、大きな影響を与えました。

特に注目されるのは、満州事変後の熱河作戦に関する対応です。昭和天皇は国際連盟の反応を懸念し、熱河作戦の中止を望んでいました。しかし、奈良武次は陸軍参謀総長の意見を待つべきだと主張し、作戦中止を阻止。さらに、天皇からの直接の命令に対しても、政変を引き起こす可能性を指摘して中止を拒否しました。これは、天皇の意思を無視した行為ではなく、陸軍内部の対立や、世論の反発を考慮した慎重な判断だったと言えるでしょう。

彼の侍従武官長としての役割は、関東軍の独断専行への牽制にも及んでいました。昭和天皇の国際協調路線を支持しつつも、世論の陸軍支持を重視した奈良武次は、度々天皇の意向を拒否し、陸軍参謀本部の判断を尊重しました。侍従武官長退任時には、満州事変時の関東軍司令官だった本庄繁を後任に推薦。天皇の反対を押し切って本庄を侍従武官長に就任させたことからも、彼の強い意志と決断力、そして陸軍内部における影響力の大きさが伺えます。

侍従武官長退任後も、奈良武次は大日本武徳会会長、枢密顧問官、軍人援護会会長などを歴任しました。昭和21年には公職追放となりましたが、昭和27年に解除。昭和37年、94歳でその生涯を閉じました。極東国際軍事裁判では起訴されませんでしたが、彼の行動は、昭和時代の日本の軍と政治のあり方、そして天皇と軍の関係性を考える上で重要な要素となっています。

彼の功績は、軍人としてのキャリアだけにとどまりません。侍従武官長として、またその後も要職を歴任する中で、日本の近代史に大きな足跡を残したと言えるでしょう。数多くの勲章や外国勲章を受章しており、その功績は高く評価されています。彼の残した『侍従武官長奈良武次日記・回顧録』は、当時の状況を知る上で貴重な資料となっています。これらの記録は、歴史研究において重要な役割を果たし、現代においても奈良武次の生涯は多くの研究者や歴史愛好家の関心を集め続けています。彼の複雑な立場と決断は、現代社会においても様々な示唆を与え続けているのです。

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