契 (殷)

殷王朝の始祖・契

契（せつ、生没年不詳）は、殷王朝の創始者とされる伝説上の人物で、しばしば子契（しせつ）と呼ばれます。彼の出生の神話には特異な側面があり、古代文献『史記』の殷本紀によると、契の母である簡狄は、有娀氏の娘で、帝嚳の次妃でした。ある日、彼女は水浴びをしている最中に、なんと神秘的な玄鳥（ツバメ）の卵を呑みこみました。この卵から生まれた子供が契だとされています。契の出生を歌った詩公に記録されている「天命玄鳥 降而生商 宅殷土芒芒」というフレーズは、多くの人々に愛されてきました。ここには、契が生まれた経緯や殷の大地との結びつきが込められています。

契は後の時代、伝説的な英雄である禹の治水事業を手助けしたとされ、その功績が評価されて帝舜から司徒（司政官の一種）に任命されることとなります。また、彼は商丘に封じられ、子という姓を賜ることになります。ここでの彼の役割は、次代の商王朝の基盤を築く重要な役割を果たしているとされています。

考証と研究

契に関する研究は、特に甲骨文や殷代史の専門家によって進められています。甲骨学の研究者である落合淳思は、契の系譜が『史記』に記されていますが、その中に登場する7名の人物が殷の後期の甲骨文字史料においては祖先祭祀の対象となっておらず、その名前も見られないことから、彼が実在の人物である可能性は低いと指摘しています。これは、契の存在が純粋に神話的なものである可能性を示唆しています。

また、多くの文化における始祖神話はその生成に関するさまざまな類型が存在します。契の神話もその一環であり、卵生神話や箱舟漂流神話、獣祖神話、感精神話などが広く認識されています。特に、契のように卵から生まれるという「卵生神話」は、インドネシアや台湾、さらには朝鮮半島にも広がる範疇に入ります。これに対して、箱舟漂流神話は南方海洋地域において分布し、独特な信仰体系を形成しています。

歴史学者の三品彰英は、これらの始祖神話の類型について詳細に分析し、それぞれが特定の範囲に分布し、文化における境域設定に寄与している点を指摘しています。特に、漢民族の始祖神話においては、雷光や日光といった自然現象によって生じるものが主流であり、その中で契が玄鳥の卵を飲んで生まれたというエピソードは、韓国や満洲、モンゴルの文化とも通じる部分があります。これらの神話の相互関係を考えることは、古代文化の営みを理解する上でも重要です。

契の物語は、単なる歴史的叙述にとどまらず、信仰や文化の象徴としても機能しています。その後の時代にも多くの人々に影響を与え、殷王朝の物語を彩る重要な要素となりました。

もう一度検索