奥州七観音

奥州七観音とは

奥州七観音は、かつての陸奥国、現在の東北地方（福島県、宮城県、岩手県、青森県）に位置する七つの観音霊場を指します。これらの霊場は、地域に根差した信仰の形を今に伝える貴重な存在です。特に、宮城県を中心に語り継がれてきた「田村語り」という伝承と深い関わりがあります。この記事では、奥州七観音の歴史的背景、各霊場の詳細、そして関連する伝承について詳しく解説します。

歴史的背景

奥州七観音の成立には、古くから信仰を集めていた奈良の長谷寺の影響が見られます。鎌倉時代前期に編纂された仏教説話集『長谷寺霊験記』には、「三迫の新長谷寺」と「奥州の六箇寺」という記述があり、これが奥州七観音の原型とされています。

この説話は、長谷寺の信仰を広めるために各地を訪れた勧進聖によって創作、管理されたと考えられています。物語の主人公は「光り輝く馬」とされ、舞台は「奥州三迫」とされています。この背景には、当時の奥州が産金地として栄え、名馬の産地としても知られていたという時代背景があります。また、これらの霊験譚は、坂上田村麻呂の事績と結び付けられ、物語に彩りを添えました。勧進聖たちの活動を支援したのは、奥州藤原氏の中枢にいた藤原経清であったと考えられています。

『風土記御用書出』と華足寺の縁起

『長谷寺霊験記』の成立から約400年後、華足寺の縁起にも「三迫の新長谷寺」と「奥州の六箇寺」という記述が見られます。仙台藩が編纂した『風土記御用書出』には、「田村将軍様奥州七ヶ所観音御建立由来之事」として、これらの観音霊場の由来が記されています。この縁起は、華足寺に滞在していた旅の僧が、地元の古老から聞いた話をまとめたもので、長谷寺の霊験譚と共通する部分が多く、このことから、長谷寺の霊験譚が地域に浸透し、独自の物語として語り継がれてきたことが分かります。

また、「田村将軍様奥州七ヶ所観音御建立由来之事」では、「三迫大嶽観音、涌谷箟嶽観音、湊牧山観音、水越観音、小迫観音、鱒淵華足寺馬頭観音、南部三戸長谷」と、具体的な寺院名が挙げられています。これらの寺院は、奥州藤原氏が栄えた時代から存在していたと考えられています。

後世への影響

東北地方で語り継がれてきた田村語りは、その壮大なスケールから、単独の寺院の縁起として語られることは少なく、各地の寺社と深く結びつき、人々の信仰に応えてきました。奥州七観音以外にも、各地に観音霊場が形成され、地域独自の信仰を育んでいます。

奥州三観音（田村三観音）

奥浄瑠璃『田村三代記』では、大嶽丸の首、胴、足、手がそれぞれ箟嶽山、牧山、富山、大嶽山に埋められたという物語が語られています。これらの山には、坂上田村麻呂が創建したという伝承があり、十一面観音を本尊とする観音堂が建てられています。

特に、箟嶽山（箟峯寺）、牧山（梅渓寺）、富山（大仰寺）は、奥州三観音（田村三観音）として知られています。また、大嶽山（興福寺）は、『長谷寺霊験記』に登場する「三迫の新長谷寺」にあたると考えられています。

気仙三観音

気仙郡には、大嶽丸の残党と目される三鬼（早虎、金丈、猪熊）の残党退治譚が語り継がれており、猪川観音（長谷寺）、小友観音（常膳寺）、矢作観音（観音寺）の気仙三観音として知られています。これらの霊場の成立にも、『長谷寺霊験記』にみられる観音信仰の影響があったと考えられます。

史実性の議論

仙台藩士・佐藤信要が著した『封内名跡志』や、相原友直が著した『平泉雑記』など、江戸時代の文献には、坂上田村麻呂が建立したとされる観音堂に対する批判的な見解も示されています。これらの文献では、田村麻呂が信仰したのは清水寺であり、長谷寺ではないと指摘されています。また、田村麻呂がこの地を訪れたという記録がないことから、これらの伝承は疑わしいとされています。しかし、これらの批判的な見解は、伝承の史実性を否定するものではなく、あくまでも歴史的な検証に基づくものであり、伝承の文化的価値を否定するものではありません。

奥州七観音の一覧

以下に、奥州七観音の各霊場の詳細を示します。

大嶽観音：大嶽山 興福寺（宮城県登米市南方町本郷大嶽）。奥州七観音（新長谷寺）、奥州三十三観音第10番。
『風土記御用書出』では、大武の首を埋めて観音を建立したとされています。奥浄瑠璃『田村三代記』では、大嶽丸の手を埋めたと語られています。
箟岳観音：無夷山 箟峯寺（宮城県遠田郡涌谷町箟岳）。奥州七観音（六箇寺）、奥州三観音、奥州三十三観音第9番。
『風土記御用書出』では、大武の骸を埋めて観音を建立したとされています。奥浄瑠璃『田村三代記』では、大嶽丸が籠った「箟嶽山きりんが窟」として登場します。また、首塚を築いて観音堂を建てたと語られています。箟峯寺の縁起では、延暦年間に延鎮が開基、大同年間に坂上田村麻呂が観音堂を建立して霧嶽山正福寺とし、嘉祥年間に慈覚大師が中興して無夷山箟峯寺と改めたと伝えられています。
牧山観音：兩峯山 梅渓寺（宮城県石巻市湊）。奥州七観音（六箇寺）、奥州三観音、奥州三十三観音第8番。
奥浄瑠璃『田村三代記』では、胴塚を築いて観音堂を建てたと語られています。牧山はかつて石巻山、魔鬼山、龍巻山とも呼ばれ、石巻の地名の由来となりました。牧山山頂の観音堂は、明治の神仏分離で零羊崎神社となり、坂上田村麻呂像と悪玉御前像を伝え、十一面観音は近くの長禅寺に移されました。
長谷観音：遮那山 長谷寺（宮城県登米市中田町浅水）。奥州七観音（六箇寺）、奥州三十三観音第24番。
小迫観音：楽峰山 勝大寺（宮城県栗原市金成小迫）。奥州七観音（六箇寺）、奥州三十三観音第22番。
『封内名蹟志』には、勝大寺の略縁起として、俊輔・俊仁・俊宗といった御伽草子の人物が登場します。これは、江戸時代初期に草子群が広まっていたため、当時『鈴鹿の草子』を読んだ知識人が、以前からあった勝大寺の縁起の主人公を改変したものと考えられます。
鱒淵観音：竹峯山 華足寺（宮城県登米市東和町米川）。奥州七観音（六箇寺）、奥州三十三観音第15番。
三戸長谷：宝珠盛岡山 永福寺（青森県三戸郡三戸町）。奥州七観音（六箇寺）、盛岡五山。
元々は、青森県三戸郡三戸町の名久井岳山腹にあった長谷寺です。南部氏が三戸城から盛岡城へ居城を移すと、長谷寺も同行したため、現在は塔頭（末寺院）の宝珠山恵光院が残るのみです。田村麻呂が建立した十一面観音堂に起源を持つとされています。

関係する伝承地

奥州七観音に関連する伝承地として、以下の場所が挙げられます。

田村明王：鎮守山 泰平寺（福島県郡山市田村町）。田村麻呂が鎮守山泰平寺を建立し、本尊として大元帥明王像を安置したのが田村神社の元となりました。「田村将軍様奥州七ヶ所観音御建立由来之事」で大元明王の法がおこなわれた田村明王。
富山観音：富春山 大仰寺（宮城県宮城郡松島町手樽）。奥州三観音、奥州三十三観音第7番。奥浄瑠璃『田村三代記』では、足塚を築いて観音堂を建てたと語られています。坂上田村麻呂像が伝えられています。奥州七観音ではありませんが、牧山観音や箟岳観音とともに奥州三観音とされ、奥州七観音との関係性も深いとされています。
猪川観音：龍福山 長谷寺（岩手県大船渡市猪川町）。気仙三十三観音第22番、気仙三観音。奥州七観音に影響を受けて、大嶽丸の残党と目される三鬼のうち「金丈」の残党退治譚が創出された。
小友観音：鶏頭山 常膳寺（岩手県陸前高田市小友町）。気仙三十三観音第27番、気仙三観音。奥州七観音に影響を受けて、大嶽丸の残党と目される三鬼のうち「早虎」の残党退治譚が創出された。
* 矢作観音：長谷山 観音寺（岩手県陸前高田市矢作町）。気仙三十三観音第7番、気仙三観音。奥州七観音に影響を受けて、大嶽丸の残党と目される三鬼のうち「猪熊」の残党退治譚が創出された。

まとめ

奥州七観音は、東北地方の歴史と文化を物語る貴重な遺産です。これらの観音霊場は、地域の人々の信仰を集め、さまざまな伝承を生み出してきました。本記事を通じて、奥州七観音の魅力と歴史的意義を理解していただければ幸いです。

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