田村語り

田村語り

田村語りとは、社寺縁起、伝説、説話、物語などに登場する架空の人物、坂上田村麻呂をめぐる言説を包括的に指します。能の『田村』、室町物語の『鈴鹿の物語』『田村の草子』、奥浄瑠璃の『田村三代記』など、多様なジャンルで結実した文芸作品群を包含します。その起源は、京都の清水寺縁起や鈴鹿峠、東北地方の達谷西光寺縁起や達谷窟毘沙門堂、姫待が瀧などに遡ります。

概要

田村語りの中心人物は、平安時代前期の大納言・坂上田村麻呂をモデルとしています。物語や伝説によっては、鎮守府将軍・藤原利仁の伝説と融合することもあります。物語は、武勇伝や鬼退治、天女とのロマンスといった要素を内包し、人々の想像力を刺激してきました。

あらすじ

現在、一般的に知られている田村語りの筋は、室町物語『鈴鹿の物語（田村の草子）』に基づいています。この物語は、大きく二つの部分に分けることができます。

『田村の草子・上』

藤原俊祐の子で、幼名を日龍丸と名乗る藤原俊仁が主人公です。彼は近江国見馴川に棲む倉光・喰介という二匹の大蛇を退治し、天皇から将軍の宣旨を受けます。その後、妻である照日御前を拐った陸奥国高山の悪路王を討伐しますが、最終的には唐土に渡り、不動明王に敗北します。

『田村の草子・下』

藤原俊仁の子で、幼名を臥と称する田村丸俊宗が主人公です。彼は天女である鈴鹿御前を妻とし、夫婦で伊勢国鈴鹿山の鬼神・大嶽丸を退治します。その後、近江国で人々を拐う鬼・高丸を陸奥国の外ヶ浜まで追撃する物語が展開されます。

主要登場人物

作品によって名前や血縁関係に差異が見られますが、主な登場人物は以下の通りです。

藤原俊祐: 俊仁の父。
益田ヶ池の大蛇: 俊仁の母。
藤原俊仁: 田村丸俊宗の父。将軍。
照日御前: 田村丸俊宗の妻。
田村郷の賤女: 田村丸俊宗の母。
稲瀬五郎坂上俊宗（田村丸俊宗）: 日の本将軍。観音の化身。
鈴鹿御前: 田村丸俊宗の妻となる天女。
小りん: 田村丸俊宗と鈴鹿御前の娘。

登場する怪異

作品によって、怪異の名前や役割も異なりますが、主なものは以下の通りです。

倉光・喰介: 近江国見馴川の大蛇。日龍丸の伯父。
悪路王: 陸奥国高山の鬼。
霊山: 大和国奈良坂山の金つぶてを打つ化生。
大嶽丸: 伊勢国鈴鹿山の鬼神。
高丸: 近江国の鬼。
三面鬼: 天竺の鬼。

坂上田村麻呂伝説との関係

東北地方における「田村語り」は、達谷窟の毘沙門堂や西光寺の縁起、そして「姫待が瀧」の伝説が発信源です。特に『華足寺縁起』にみられる七観音は、東北地方の「田村語り」と密接な関係があります。これらの縁起や伝説は、『田村三代記』の内容と密接に関連して創出されました。同様の例としては、松島の瑞巌寺や五大堂、岩手県紫波町の飽玉伝説、宮城県黒川郡の悪玉姫伝説、秋田県仙北郡の阿久多摩姫伝説、鬼死骸や霧山禅定などの地名伝説も挙げられます。

田村語りは、歴史上の人物を基盤としながらも、人々の想像力によって豊かに彩られた物語世界です。地域や時代によって様々なバリエーションが存在し、日本人の心に深く根付いた物語と言えるでしょう。

もう一度検索