大嶽丸

大嶽丸（おおたけまる）

大嶽丸は、伊勢国と近江国の境にある鈴鹿山に住んでいたとされる鬼神です。文献によっては、鬼神魔王、大だけ丸、大竹丸などとも記されます。その姿は、山を黒雲で覆い、暴風雨や雷鳴、火の雨といった超自然的な力を操ると伝えられています。大嶽丸の伝説は、平安時代初期に起こった「薬子の変」が伝説化したものと考えられています。

歴史

薬子の変と鈴鹿山の賊徒の執心

大嶽丸の伝説の背景には、「薬子の変」と呼ばれる歴史的な出来事があります。平安時代初期の大同5年（810年）、平城上皇が平安京から平城京への遷都を強行しようとしたことが発端となり、嵯峨天皇との間で対立が起こりました。

この政変において、坂上田村麻呂は嵯峨天皇側につき、上皇側の藤原仲成を討ちます。この時、田村麻呂は近江国に派遣され、仲成を討伐したとされています。また、田村麻呂が鈴鹿山で討伐した賊徒の執心が祟り、疫病が流行したという伝承も存在します。この疫病を鎮めるために、田村麻呂を祀る神社が建立されたと伝えられています。

『水鏡』という歴史物語では、平城上皇が軍を起こし、藤原薬子と共に東国へ向かった際、坂上田村麻呂がそれを阻止したと記されています。これらの出来事が、大嶽丸伝説の基盤となったと考えられます。

大嶽丸説話の成立

室町時代に入ると、世阿弥作とされる能『田村』において、大嶽丸伝説の萌芽が見られます。この能では、田村麻呂が鈴鹿山の悪魔を千手観音の加護によって鎮めたと語られています。その後、御伽草子『鈴鹿の草子』や『田村の草子』などが成立し、大嶽丸という名前が登場します。

これらの物語では、田村丸将軍が天女・鈴鹿御前、または第六天魔王の娘・立烏帽子と夫婦になり、彼女の助力を得て大嶽丸を討伐する様子が描かれています。江戸時代には、浄瑠璃や浮世絵を通じて、大嶽丸の伝説は庶民にも広く知られるようになりました。

東北地方での伝承の定着

戦国時代末期、伊達政宗が東北地方に勢力を拡大する過程で、坂上田村麻呂を英雄とする物語が広められました。この影響を受け、御伽草子『鈴鹿の草子』や室町物語『田村の草子』が東北地方に伝わると、奥[[浄瑠璃]]『田村三代記』として独自の発展を遂げます。

『田村三代記』では、大嶽丸は鈴鹿山だけでなく、達谷窟、霧山、箟嶽山など、東北各地を転戦する鬼神として描かれています。このように、大嶽丸の伝説は、地域によって異なる物語が展開され、多様な姿を持つ鬼神として語り継がれています。

伝説の概要

田村の草子

『田村の草子』における大嶽丸の物語は以下の通りです。

桓武天皇の時代、伊勢国鈴鹿山に大嶽丸という鬼神が現れ、人々を苦しめていました。帝は坂上田村丸に大嶽丸の討伐を命じます。田村丸は軍勢を率いて鈴鹿山に向かいますが、大嶽丸は神通力を使い、黒雲に紛れて姿を隠し、暴風雨や雷、火の雨を降らせて田村丸の軍を足止めします。

一方、鈴鹿山には鈴鹿御前という天女が住んでいました。大嶽丸は鈴鹿御前の美貌に惹かれ、様々な姿に変身しては求愛しますが、鈴鹿御前に見透かされて相手にされません。田村丸は神仏に祈願し、夢のお告げに従い鈴鹿御前の助力を得ます。

鈴鹿御前は、大嶽丸が持つ「三明の剣」を奪うよう田村丸に助言します。鈴鹿御前は、大嶽丸に「田村丸から身を守るために、三明の剣を預けてほしい」と伝え、大通連と小通連を手に入れます。そして、田村丸との共闘によって、大嶽丸との激戦が繰り広げられます。

最終的に、田村丸は千手観音と毘沙門天の加護を受け、ソハヤノツルギで大嶽丸の首を斬り落とします。その後、大嶽丸は魂魄となって天竺から蘇り、霧山で再び田村丸と戦います。田村丸は再び大嶽丸を討伐し、首は宇治の宝蔵に納められたとされています。

風土記御用書出版

『風土記御用書出』に収録されている「田村将軍様奥州七ヶ所観音御建立由来之事」では、大武という鬼神が鈴鹿山を攻め上ったと記されています。この物語は、『長谷寺霊験記』を基盤としつつ、『田村の草子』などの後代の作品との交流を経て、大嶽丸が登場する新たな物語へと発展しました。

気仙三観音

気仙地方では、大嶽丸の残党とされる三鬼（早虎、金丈、猪熊）の退治譚が語られています。これは、東北地方の観音信仰と御伽草子の影響を受けて生まれたと考えられています。これらの伝説は、大嶽丸の物語が地域によって多様な展開を見せていることを示しています。

奥[[浄瑠璃]]版

奥[[浄瑠璃]]『田村三代記』では、大嶽丸は立烏帽子と協力して日本を魔国にしようとする鬼神として描かれています。田村丸は立烏帽子と夫婦になり、共に高丸を討伐しますが、その後、大嶽丸が立烏帽子を拐いにきます。田村丸は、立烏帽子に教えられながら、大嶽丸を討伐するために奥州へと向かいます。

田村丸は、達谷窟、霧山、箟嶽山など、東北各地で大嶽丸と戦い、最終的に箟嶽山で大嶽丸を討ち果たします。大嶽丸の首は天に舞い上がり、現在の宮城県大崎市鳴子温泉鬼首と呼ばれる場所まで飛んだと伝えられています。

舞台と伝承地

大嶽丸の伝説は、鈴鹿山や東北地方を中心に様々な場所に伝承地が残されています。『田村の草子』では、鈴鹿山が重要な舞台となりますが、『田村三代記』では東北地方の描写が詳しくなり、常陸国鹿島の浦などが新たに舞台として加わっています。

また、大嶽丸の首塚、胴塚、足塚がある箟岳観音、牧山観音、富山観音は奥州三観音と呼ばれており、これらの観音堂は、大嶽丸を鎮めるために建てられたと伝えられています。

地方伝説

三重県と滋賀県にまたがる鈴鹿峠周辺には、坂上田村麻呂による鬼神討伐の足跡が多く残されています。鈴鹿峠には鈴鹿神社と田村神社が合祀された片山神社があり、古くから田村将軍と鈴鹿権現を一対とする信仰があったことが窺えます。

また、滋賀県甲賀市には、田村麻呂を祀る田村神社や、大嶽丸を埋葬したとされる首塚の残る善勝寺などが点在しており、大嶽丸の伝説が地域に深く根ざしていることがわかります。

兵庫県加東市にある清水寺には、坂上田村麻呂が奉納したとされる刀が所蔵されており、大嶽丸退治の物語が仮託されています。

解説

悪路王との関係

一部の研究者は、大嶽丸は悪路王と同一人物であるという説を唱えていますが、大嶽丸の名前は『鈴鹿の草子』以前の例が見られないため、この説は否定されています。

また、『田村の草子』では、悪路王は田村丸俊宗の父である俊仁将軍が退治した鬼として描かれており、大嶽丸とは別の鬼として扱われています。

大武丸との関係

岩手山の縁起に登場する大武丸は、近世に古[[浄瑠璃]]の影響を受けて創出されたとされています。内藤正敏は、京都の『田村の草子』では酒呑童子のイメージで描かれている大嶽丸が、東北の『田村三代記』では岩手山の地主神のように変質していると指摘しています。

三大妖怪

文化人類学者の小松和彦は、大嶽丸を酒呑童子、玉藻前と並ぶ三大妖怪の一つとして挙げています。小松は、これらの妖怪が「宝物」として扱われ、宇治の平等院の宝蔵に遺骸や一部が納められたという共通点を指摘しています。このことから、大嶽丸は中世において特別な存在であったと考えられます。

大嶽丸を題材にした作品

大嶽丸は、能、御伽草子、浄瑠璃など、様々な作品の題材となっています。

能

『田村』
『鈴鹿山』

御伽草子

『田村草子』
『鈴鹿草子』

古[[浄瑠璃]]

『坂上田村丸誕生記』

土佐浄瑠璃

『鈴鹿山大嶽丸』

奥[[浄瑠璃]]

『田村三代記』
『田村二代記』

芸北神楽

『鈴鹿山～三明の剣』

石見神楽

『達谷窟』

これらの作品を通して、大嶽丸の伝説は現代にも伝えられています。

脚注

原典

注釈

出典

参考文献

阿部幹男『東北の田村語り』三弥井書店、2004年。
伊[[能嘉矩]]『悪路王とは何ものぞ』遠野史叢第二篇、1922年。
桐村栄一郎『熊野鬼伝説-坂上田村麻呂英雄譚の誕生』三弥井書店、2012年。
小松和彦『日本妖怪異聞録』小学館、1992年。
小松和彦『日本妖怪異聞録』小学館、1995年。
小松和彦『日本妖怪異聞録』講談社学術文庫、2007年。
関幸彦『武士の原像都大路の暗殺者たち』PHP研究所、2014年。
高橋崇『坂上田村麻呂』（新稿版）吉川弘文館、1986年。
内藤正敏『鬼と修験のフォークロア』法政大学出版局、2007年。
山口敏太郎『大迫力！日本の妖怪大百科』西東社、2014年。

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