子泣き爺

子泣き爺（こなきじじい）

徳島県の山間部を中心に語り継がれるとされる妖怪で、児啼爺とも表記されます。

伝承される姿とその特徴

民俗学者の柳田國男氏の著書『妖怪談義』にも名が見られる妖怪です。本来は老人の姿をしていると言われますが、夜道でまるで生まれたての赤ん坊のような産声を上げて通行人を誘うとされています。

広く知られる伝承では、泣いている子泣き爺を見かけた人が哀れに思って抱き上げると、その体重が徐々に増していき、ついには手放そうとしても身体にしがみついて離れず、抱き上げた人間の命を奪ってしまうとされています。書籍によっては、その重さが石のように増して、抱き上げた人間を圧死させるとも記述されています。

しかし柳田氏は、こうした異常な重さやしがみつくといった特徴は、おばりよんや産女（うぶめ）といった他の妖怪の伝承に類似しており、後世に付け加えられた創作ではないかと指摘しています。実際、日本民俗学会の前身である「民間伝承の会」の機関誌『民間伝承』に掲載された三好郡三名村（現在の三好市）の口承に関する記述では、「子供の泣声を真似る怪」と記されているのみでした。

正体に関する研究と諸説

子泣き爺の伝承地とされる徳島県について、地元の郷土史家である多喜田昌裕氏が調査を行った結果、実際には子泣き爺という特定の妖怪の伝説は確認されなかったことが明らかになっています。一方で、徳島の古い伝承をまとめた書籍には、山中で不気味な赤ん坊の声で泣く妖怪の話や、人間が抱き上げると重くなって離れない妖怪の話などが収録されています。これらの異なる妖怪譚が合わさることで、現在知られる子泣き爺のイメージが形成された可能性が示唆されています。

さらに多喜田氏の後続調査では、『民間伝承』誌に口承が記録された地域に、かつて赤ん坊の泣き声を真似た奇妙な声を出す実在の老人が徘徊しており、子供たちにとって非常に恐ろしい存在だったことが判明しました。親が子供を叱る際に「（その老人の名前）が来るよ」と言い聞かせていたといい、この実在の老人の印象が、山中の声の妖怪の話と結びついたのではないか、という推測があります。また、郷土史家が伝承を収集し、それが柳田國男氏に報告される過程で、実在人物に関する情報が抜け落ちたり、おばりよんや産女といった他の妖怪の伝承と混同された結果、子泣き爺の具体的な特徴が形作られた可能性も指摘されています。

これらの研究結果に基づけば、民俗学的な観点から子泣き爺という妖怪の存在そのものには疑問が投げかけられます。しかし、妖怪研究家の京極夏彦氏は、研究上の起源はともかくとして、昭和や平成になってから多くの妖怪関連の書籍で紹介され、特に水木しげる氏の漫画やアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』において主人公・鬼太郎を助ける名脇役として描かれたことで、正義の妖怪というイメージとともに広く一般に認識されている事実があると述べています。

関連する史跡

妖怪としての知名度が高まる中で、2001年には多喜田氏と地元住民の協力により、伝承の発祥地とされる徳島県三好郡山城町（現・三好市）が認定され、現地に「児啼爺」と刻まれた石像と、京極夏彦氏による「児啼爺の碑」が建立されました。これは妖怪ファンにとって新たな注目スポットとなっています。

さらに2010年には、三好市内の道の駅大歩危に妖怪ミュージアム「こなき爺の里・妖怪屋敷」がオープンし、多くの観光客を集めています。

類似の伝承

子泣き爺と同様に、赤ん坊の産声を出すという「ごぎゃ泣き（ごぎゃなき）」という妖怪が四国地方に伝わっています。高知県の一部では、色白の赤ん坊の姿で夜道を歩く人の足にまとわりつきますが、草履を脱ぐと離れるとされます。徳島県美馬郡木屋平村（現・美馬市）では、山中を徘徊する一本足の妖怪で、これが泣くと地震が起こるという話もあります。ごぎゃ泣きが一本足とされることから、子泣き爺も一本足ではないかという説も生まれました。柳田氏は『民間伝承』の中で、ごぎゃ泣きは子泣き爺を指すようだと述べています。

また、山田野理夫氏の著書『東北怪談の旅』には、青森県津軽平内の「児泣き婆（こなきばばあ）」という怪談が紹介されています。山中で迷った者が、赤ん坊の泣き声を聞いて拾おうとすると、皺だらけの老婆の顔をしており、非常に重くて抱き上げられなかったが、同行した老人は軽々と抱き上げたという話です。この児泣き婆は、老人が家で鍋に入れて煮るとカボチャになったとされますが、『東北怪談の旅』には著者の創作が多く含まれるため、児泣き婆も山田氏の創作である可能性が指摘されています。

茨城県にも類似した伝説が見られますが、こちらは怪力授与説話として語られています。女性から重い赤ん坊を預けられた男性が、その重さに耐え抜いたことで、女性（実は観音）に力を認められ、怪力を授けられたという話です。

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