安倍泰親

安倍泰親：平安末期を彩った稀代の陰陽師

安倍泰親（あべのやすちか）は、平安時代末期に活躍した貴族であり、卓越した占術で知られる陰陽師です。陰陽頭・安倍泰長の息子として生まれ、安倍晴明から数えて五代目の子孫にあたります。官位は正四位下、陰陽頭兼大膳権大夫にまで昇進しました。

氏長者としての道のり

父・泰長が亡くなると、兄・政文が家を継ぎましたが、政文も急逝。安倍氏嫡流は断絶の危機に瀕しました。そこで、当時15歳だった泰親が後継者として選ばれ、庶流の安倍兼時（後の晴道）が後見人となりました。兼時の指導のもと、泰親は陰陽道を学び、着実に力をつけていきました。

大治5年（1130年）には右京亮に任じられ、その後、鳥羽上皇や美福門院に召し出されるなど、陰陽師としての地位を確立していきます。しかし、その一方で、土御門邸の売却を巡って、後見人であった安倍晴道と対立。この対立は、安倍氏の氏長者としての地位を争うものであり、泰親は自らの嫡流としての立場を守るために、かつての師と全面対決することになります。

その後、泰親は主計助、雅楽頭、権陰陽博士を歴任し、仁平3年（1153年）には晴道の死後、天文権博士に任ぜられ、氏長者の地位を回復しました。保元2年（1157年）には陰陽助に任ぜられ、着実に実績を重ねていきました。

予言者「指御子」としての活躍

泰親は、占術や天文密奏の分野で優れた才能を発揮し、当代屈指の陰陽師として名を馳せました。鳥羽法皇や後白河法皇に仕え、毎月のように泰山府君祭を執り行い、藤原頼長や兼実からも深く信頼されました。『台記』や『玉葉』といった当時の貴族の日記には、泰親の活躍がしばしば登場し、頼長は、泰親の占いが十中七、八も的中することを驚嘆し、その実力を高く評価しています。

また、泰親は、久安4年（1148年）の内裏火災、承安2年（1172年）の斎宮惇子内親王の急逝、治承3年（1179年）の政変、治承4年（1180年）の以仁王の挙兵など、数々の出来事を予言したとされ、『平家物語』や『源平盛衰記』では「指御子（さすのみこ）」と称されています。

泰親自身が記した『安倍泰親朝臣記』や『天文変異記』の一部も現存しており、そこには、泰親や次男の業俊による天文異変の記録や解釈、天文密奏の内容などが記され、当時の天文道の様子を知ることができます。

一族内の対立と衰退

しかし、泰親の実力をもってしても、安倍氏嫡流の再興は困難を極めました。泰親の時代、陰陽師は朝廷や院、公家から重用されましたが、その中でも陰陽寮の官職に就いたり、重要な儀式を任される者は限られていました。そのため、一族内部での争いが激化し、特に安倍晴道を祖とする「晴道党」や、安倍宗明・広賢父子を祖とする「宗明流」といった分流が台頭し、嫡流である「泰親流」との対立を深めていきました。

泰親は、こうした状況を打開するために、他流の説を批判し、自らの嫡流としての正当性を主張しました。康治2年（1143年）には、藤原頼長の面前で賀茂憲栄の勘文を論破し、九条兼実には、宗明流の安倍広賢・信業親子が怪死したことや、晴道党の安倍晴道が彗星の解釈を誤ったことなどを伝え、他流を批判しました。その後、泰親は陰陽助を辞任し、長男の季弘を権陰陽博士に、次男の業俊を権天文博士に任じ、自らは大膳権大夫に転任しました。これは、官職としては陰陽寮を離れながらも、天文密奏者としての資格を維持し、安倍氏の嫡流であることを示すための行動でした。さらに、三男の泰茂にも天文密奏の資格を与え、陰陽道・天文道の知識・技術に加え、荘園の所職を三子に分け与え、嫡流の未来を盤石なものにしようとしました。

寿永元年（1182年）には念願の陰陽頭に任ぜられましたが、その翌年には記録上から姿を消し、寿永2年（1183年）に74歳で死去したと考えられています。

泰親没後の安倍氏

泰親の死後、安倍氏の陰陽道嫡流は、季弘、業俊、泰茂によって継承されましたが、泰茂の急死後はその弟・泰忠が養子となり地位を引き継ぎました。しかし、泰親親子の活躍をもってしても、晴道党や宗明流の台頭を完全に抑えることはできず、泰忠の死後、安倍氏は分裂と衰退を続けました。安倍氏嫡流が再興するのは、足利将軍家に信任された泰茂-泰忠系の安倍有世が登場する14世紀末期まで待つことになります。

泰親の系譜

父：安倍泰長
母：不詳
妻：不詳
男子：安倍季弘
男子：安倍業俊
男子：安倍泰茂
男子：安倍泰成
男子：安倍泰忠
男子：安倍親長
男子：安倍泰明

関連作品

テレビドラマ：『草燃える』（1979年、NHK大河ドラマ、演：及川ヒロオ）
漫画：『雷鳴の符』（2000年、作:あしべゆうほ）

参考文献

土田直鎮「安倍泰親」（『国史大辞典 1』吉川弘文館、1979年）
小田雄三/横井清「安倍泰親」（『日本史大事典 1』平凡社、1992年）
竹居明男「安倍泰親」/山下克明「安倍泰親朝臣記」（『平安時代史事典』角川書店、1994年）
山下克明「安倍泰親」（『日本歴史大事典 1』小学館、2000年）
* 赤澤春彦「鎌倉期における安倍氏の展開」（所収:『鎌倉期官人陰陽師の研究』吉川弘文館、2011年）

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