宮下誠

（みやしたまこと）

専門: 20世紀西洋美術史、美術史学史、画像解釈学、一般芸術学
特筆される業績: パウル・クレー研究

日本の美術史家、宮下誠は、1961年に東京都で生まれ、2009年 5月23日に惜しまれつつ48歳でその生涯を閉じた。彼の専門は、20世紀西洋美術史を深く掘り下げるとともに、美術史学そのものの歴史、視覚情報の解釈学、そして絵画や音楽といった個別分野を横断する広範な芸術学に及んだ。特に画家パウル・クレーに関する独創的な研究で知られ、その業績は学術的な探求から一般向けの啓蒙まで、多岐にわたる分野で高く評価されている。

学歴と職歴

宮下は、まず日本の学府で美術史学の基礎を築いた。1985年に早稲田大学第一文学部美術史学専修を卒業後、同大学大学院文学研究科で芸術学（美術史）専攻の修士課程を1988年に修了した。さらにスイスに渡り、バーゼル大学哲学部美術史学科大学院でも学び、1992年に修士課程を修了。バーゼル大学と早稲田大学、双方の大学院博士課程で単位を取得するなど、国内外で研鑽を積んだ。

教育者としてのキャリアは、1999年に別府大学大学院文学研究科文化財学専攻の助教授として始まった。翌2000年には國學院大學文学部哲学科へ移り助教授となり、2006年には同大学の教授に昇任し、後進の指導にあたった。キャリアを重ねる中で、2007年にはバーゼル大学にて博士号を取得している。

研究と著作活動

宮下誠の研究は、20世紀の芸術が経験した複雑な変遷を、多角的な視点から解き明かすことに重点を置いていた。特にドイツ出身の画家パウル・クレーの芸術世界に深く没入し、その特異な様式や思想、時代背景との関係性などを緻密に分析。彼のクレー研究は、日本の美術史学界において新たな視点をもたらすものとして注目された。

また、彼は単に美術史にとどまらず、音楽を含む幅広い芸術分野を対象とした「一般芸術学」を展開した。芸術が社会や哲学とどのように関わり、私たちに何を問いかけるのかを、歴史的、理論的に探求した。この芸術学は、『逸脱する絵画』や『迷走する音楽』といった「20世紀芸術学講義」シリーズとして書籍化され、絵画と音楽という二つの柱から20世紀芸術の本質に迫った。彼の著作は専門的な内容から、一般読者に向けて20世紀芸術やクラシック音楽の魅力を解説するものまで幅広い。以下に主なものを挙げる。

主な著作

『逸脱する絵画-20世紀芸術学講義I』法律文化社 2002年
『迷走する音楽-20世紀芸術学講義II』法律文化社 2004年
『20世紀絵画 - モダニズム美術史を問い直す』光文社新書 2005年
『20世紀音楽 - クラシックの運命』光文社新書　 2006年
『「クラシック」の終焉?―未完の20世紀音楽ガイドブック』法律文化社 2007年
『カラヤンがクラシックを殺した』光文社新書 2008年
『ゲルニカピカソが描いた不安と予感』光文社新書 2008年
『パウル・クレーとシュルレアリスム』水声社 2008年
『越境する天使パウル・クレー』春秋社　 2009年
『クリムト金色の交響曲』小学館　 2009年

また、翻訳家としても重要な役割を果たした。カローラ・ギーディオン＝ヴェルカーによるパウル・クレー論、映画監督ヴィム・ヴェンダースのエッセイ集、ロタール・フィッシャーによるマックス・エルンストの評伝などを日本語に訳し、日本の美術・文化界に貢献した。以下に主な翻訳書を挙げる。

主な翻訳

カローラ・ギーディオン＝ヴェルカー『パウル・クレー』PARCO出版 1994年
ヴィム・ヴェンダース『かつて…』PARCO出版 1994年
* ロタール・フィッシャー『マックス・エルンスト』PARCO出版 1995年

突然の逝去

精力的に研究、執筆、教育活動を続けていた宮下誠は、2009年 5月23日、学会のために出張していた京都市内のホテルで、心不全により急逝した。48歳という働き盛りの年齢での突然の訃報は、美術史学界のみならず、多くの文化関係者に大きな衝撃を与えた。彼のユニークな視点と幅広い関心に基づく研究は、今後のさらなる展開が期待されていた矢先の出来事であり、その死は惜しまれている。しかし、彼が生前に遺した数々の著作は、今なお多くの読者や研究者にとって、20世紀芸術を理解するための重要な手がかりを提供し続けている。

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