宮操子

日本モダン・ダンスの開拓者：宮 操子

岩手県に生まれ、日本のモダン・ダンスの歴史にその名を刻んだ宮操子（みや みさこ、1907-2009）。本名をミサオといい、夫である江口隆哉と共にドイツへと渡り、表現主義舞踊「ノイエタンツ」の創始者として世界的に知られるマリー・ヴィグマン（1886-1973）から直接指導を受けました。帰国後は、日本のモダン・ダンスの黎明期における先駆者として、多岐にわたる活動を展開しました。

芸術への芽生えと舞踊との出会い

1907年（明治40年）に岩手県黒沢尻（現在の盛岡市）で生まれた宮操子は、10歳頃に両親や姉と共に東京へ移り住みました。高等女学校に進学し、ピアノやヴァイオリンのレッスンを受ける傍ら、演劇の世界にも足を踏み入れます。関東大震災後の新しい時代を迎え、彼女は自身の情熱を傾けられる何かを探し求め、乗馬や射撃といった活動にも果敢に挑戦しました。

そんな中で偶然の出会いから、彫刻家の安藤照のモデルを務めることになります。彼女の伸びやかな身体を捉えた作品は高く評価され、1924年（大正13年）の「めばえ」は第5回帝展で特選を受賞。翌1925年（大正14年）には、作品「大空に」が第7回帝展での特選に加え、第1回帝国美術院賞という栄誉に輝きました。

舞踊の世界へと導かれたのは、1924年9月に欧米から帰国した舞踊家の高田雅夫・原せい子夫妻が開設した研究所に入門したことがきっかけでした。同年11月には夫妻の帰朝披露公演に出演し、以降も舞踊団の中心的な踊り手として頭角を現します。1929年（昭和4年）には、後に人生の伴侶となる青森県出身の江口隆哉が同舞踊団に入所しますが、同年9月に主宰の高田雅夫が急逝します。残された原せい子の下で、宮と江口は共に新しい時代の舞踊の形を模索していくこととなります。

ドイツでの研鑽と新たな舞踊の創造

1931年（昭和6年）11月に江口隆哉と結婚した宮操子は、同年年末に二人で欧州へと旅立ちます。約40日間の船旅では、乗客の求めに応じて社交ダンス教室を開くという一面もありました。翌1932年（昭和7年）1月半ばにベルリンに到着した二人は、現地で日本人に社交ダンスを教えながら生活費を捻出し、オペラやコンサート、様々な舞踊公演を熱心に鑑賞しました。特にマリー・ヴィグマンとそのダンスグループの公演は彼らに強い影響を与えます。

1933年（昭和8年）春、二人はドレスデンに移り、念願のマリー・ヴィグマン舞踊学校に入学。休むことなく研鑽を重ねたその成果を、同年10月にベルリンで開催したリサイタルで発表しました。ここで披露された「手術室」や「タンゴ」といった作品は、高い評価を獲得します。アドルフ・ヒットラーが台頭し始めた緊迫した情勢の中、二人は同年12月末にドイツを離れ、日本へと帰国しました。

帰国後の活動と戦時下の慰問

1934年（昭和9年）1月、帰国した宮と江口は東京に自身の研究所を開設します。同年3月には帰朝第1回公演を開催し、ドイツで好評を博した「手術室」や「タンゴ」などを上演しました。彼らの舞踊は、それまでの日本の西洋舞踊には見られなかった主題の選び方、身体の表現技術、そして振り付けの手法において、舞踊界に大きな変革をもたらしました。舞踊史研究者の桑原和美は、彼らの作品を「単なる美の追求や幻想的な世界ではなく、近代に生きる人間の意志や生き様を表現する手段であることを示した」と評価しています。

以降、二人は出身地である東北地方をはじめ、全国各地で精力的に公演を重ねました。1936年（昭和11年）には満洲へ、1937年（昭和12年）には朝鮮半島や再び満洲へと足を延ばし、国際的な活動も展開しました。1938年（昭和13年）10月には、江口・宮舞踊劇場を旗揚げし、火野葦平の小説を基にした『麦と兵隊』を帝国劇場で上演するなど、意欲的な試みを続けます。

日中戦争が激化する中、1939年（昭和14年）から1942年（昭和17年）にかけて、江口・宮舞踊団は計4回にわたり戦地への慰問公演を行いました。陸軍の要請によるものや、大阪毎日新聞社の企画によるものなど、様々な形で前線の兵士たちを訪れました。慰問先は中国南部、中部、海南島、さらにはベトナム、インドネシア、マレー半島など広範囲に及びました。公演は野戦病院や露営地などで行われ、兵士たちの希望に応じた『木曽節』や『出船』といった演目が披露されました。移動は困難を極め、1日複数回の公演をこなす強行軍の中、戦没者の慰霊祭に参列することもあったといいます。宮操子はこれらの過酷な体験を詳細に記録し、1942年刊行の『戦野に舞ふ』、そして晩年の著作『陸軍省派遣極秘従軍舞踊団』にその実態を綴っています。

戦後の再起と晩年の活動

戦争中は福島への疎開を経験しましたが、終戦後の1946年（昭和21年）、宮と江口は藤原歌劇団公演「カルメン」の振付のために東京へ戻り、舞踊活動を再開します。1947年（昭和22年）には戦後初の新作発表公演として、伊福部昭作曲の「イゴザイダー」を帝国劇場で上演しました。伊福部昭とはその後も協力を続け、1950年（昭和25年）には同じく伊福部作曲の壮大な舞踊劇『プロメテの火』を帝国劇場で上演。宮自身もアイオ役を踊り、この作品は以降約10年間で全国約100回にわたって再演される代表作となりました。

1965年（昭和40年）には日本大学芸術学部講師となり、後進の指導にあたる傍ら、「ダンスグループ宮」を結成して公演活動も行いました。1977年（昭和52年）に夫・江口隆哉が没した後も、宮は舞踊への情熱を失わず、指導や執筆活動を続けました。1997年（平成9年）には、自身の舞踊理論を体系化した『動の美』を出版。また、ドイツ留学や戦地慰問といった自身の経験を振り返る著作として、『陸軍省派遣極秘従軍舞踊団』（1995年）、そして自らの半生を綴った『みちゃ子が行く』（2004年）を刊行しました。2009年（平成21年）、102歳の長寿を全うしこの世を去りました。墓所は泉岳寺にあります。

豹「ハチ」との交流

戦時中の戦地慰問には、心温まるエピソードも残されています。1941年（昭和16年）の3回目の中国慰問中、雨中の強行軍がたたって高熱を出してしまった宮は、療養中に駐屯部隊の小隊長、成岡正久の見舞いを受けます。成岡は、ひと月ほど前に捕獲し、母親代わりとなって育てていた生後間もない赤ちゃん豹を連れてきました。ハチと名付けられたこの小さな命に触れることで、宮の病状はみるみる回復に向かいました。一週間ほどで元気になった宮は、ハチとの別れを惜しみつつ慰問の行程を続行しました。

約一年後、部隊の移動でハチを連れていけなくなった成岡から、宮に上野動物園への引き取りを仲介してほしいとの連絡が入ります。宮の尽力によりハチは無事動物園に引き取られますが、翌1943年（昭和18年）8月、戦況の悪化による食糧難から、ハチは他の多くの動物たちと共に殺処分されてしまいました。成岡がハチの剥製と再会するのは戦後のことでした。この出来事は成岡の手記を基にした書籍『豹と兵隊』（1967年）となり、後にNHKのドキュメンタリー番組でも取り上げられ、宮も出演して剥製となったハチとの再会を果たしています。

もう一度検索