密厳院発露懺悔文

密厳院発露懺悔文について

「密厳院発露懺悔文（みつごんいんほつろさんげのもん）」は、真言宗中興の祖とされる興教大師覚鑁（こうぎょうだいし かくばん）が、高野山金剛峯寺の腐敗した状況を深く憂い、自身の修行の場である密厳院にて3年余りの無言の行を行った後、一筆で書き上げたと言われる偈文です。

この懺悔文は、宗教家としての自己を厳しく見つめ、戒めを新たにするためのもので、真言宗の寺院では広く大切にされています。ただし、宗派によって文面に若干の異なりがあるため、以下に示すのはあくまで一例となります。

密厳院発露懺悔文　原文と現代語訳

原文

我等懺悔す　無始よりこのかた妄想に纏（まと）はれて衆罪（しゅざい）を造る
身口意（しんくい）業　常に顛倒（てんどう）して　誤って無量不善の業を犯す
珍財を慳悋（けんりん）して施を行ぜず　意（こころ）に任せて放逸にして戒を持せず
しばしば忿恚（ふんに）を起して忍辱（にんにく）ならず　多く懈怠（けたい）を生じて精進ならず
心意（しんに）散乱して坐禅せず　実相に違背して慧を修せず
恒に是の如くの六度の行を退して　還って流転三途（るてんさんず）の業を作る
名を比丘（びく）に仮って伽藍（がらん）を穢し　形を沙門（しゃもん）に比して信施を受く
受くる所の戒品（かいぼん）は忘れて持せず　學すべき律義は廃して好むこと無し
諸佛の厭悪（えんの）したもう所を慚（は）じず　菩薩の苦悩する所を畏れず
遊戯笑語して徒ら（いたずら）に年を送り　諂誑詐欺（てんのうさぎ）して空しく日を過ぐ
善友に随がはずして癡人（ちじん）に親しみ　善根を勤めずして悪行を営む
利養を得んと欲して自徳を讃じ　名聞（みょうもん）を欲して他愚を誹る（そしる）
勝徳（しょうどく）の者を見ては嫉妬（しっと）を懐き（いだき）　卑賤（ひせん）の人を見ては驕慢を生じ　
富饒（ふにょう）の所を聞いては希望（けもう）を起し　貧乏の類を聞いては常に厭離（おんり）す
故（ことさら）に殺し誤って殺す有情の命　顕は（あらわ）に取り密かに盗る他人の財
触れても触れずしても非梵行（ひぼんぎょう）を犯す　口四意三（くしいさん）互（たがい）に相続し
佛を観念する時は攀縁（はんねん）を発し（おこし）　経を読誦する時は文句を錯る（あやまる）
若し善根を作せ（なせ）ば有相（うそう）に住し　還って輪廻生死（りんねしょうじ）の因と成る
行住坐臥（ぎょうじゅうざが）知ると知らざると犯す所の是の如くの無量の罪　今三宝に對して皆発露（ほつろ）し奉る
慈悲哀愍（じひあいみん）して消除せしめ賜え　乃至（ないし）法界の諸の衆生　三業所作（ざんごうしょざ）の此の如くの罪
我皆　相代って尽く（ことごとく）懺悔し奉る　更に亦　その報いを受けしめざれ
南無　慚愧懺悔（ざんぎざんげ）　無量　所犯罪（しょぼんざい）

現代語訳

私は懺悔いたします。過去からの妄想にとらわれ、多くの罪を犯してしまいました。

身（行動）、口（言葉）、意（心）の行いは常に誤っており、数えきれないほどの悪行を犯しました。

財産を惜しみ、人に施しをせず、心の赴くままに節度なく生活し、戒律を守りませんでした。

怒りを抑えられず、我慢することができず、怠惰で努力を怠りました。

心が乱れて座禅に集中できず、真実から離れているにも関わらず、智慧を得ようともしませんでした。

六波羅蜜の行いを怠り、地獄、餓鬼、畜生の世界へ輪廻する原因を作ってしまいました。

僧侶という名を利用して寺院を汚し、僧侶の姿をしながらお布施を受けています。

授かった戒律を忘れ、学ぶべき修行を嫌い、仏が嫌うことを恥じず、菩薩を苦しめています。

遊びにふけって年を重ね、嘘や偽りで日々を無駄に過ごしています。

善い友を避け、愚かな人と親しみ、善いことをせず、悪いことばかりをしています。

名誉欲のために自分を褒め、他人を蔑み、徳の高い人には嫉妬し、身分の低い人には高慢な態度を取ってしまいます。

裕福な暮らしを羨み、貧しい人を軽蔑し、故意に、あるいは過失で生き物を殺め、公然と、または隠れて他人の物を盗んでしまいました。

不倫な行為を行い、悪い言葉や考えが連鎖し、仏を思っても心が乱れ、経を読んでも誤ってしまいます。

善い行いをしても見返りを期待するため、かえって迷いの世界へと繋がる原因を作ってしまいます。

日々の生活の中で、知らず知らずのうちに数多くの罪を犯してしまいました。

今、仏、法、僧の三宝の御前で、これらの罪を告白いたします。

どうか、慈悲の心でこれらの罪をお許しください。ここに、一切の罪を懺悔いたします。

自らの身、言葉、心の行いによって生じた罪を、すべての人に代わって懺悔いたします。どうか、その報いを受けることがありませんように。

南無、慚愧懺悔、無量、所犯罪。

密厳院発露懺悔文の意義

この懺悔文は、単なる罪の告白にとどまらず、仏道修行における自己反省の重要性を示しています。覚鑁は、自らの過ちを赤裸々に告白することで、同じ過ちを繰り返さないように自らを戒め、真の仏道を目指す決意を表明しました。

この懺悔文は、真言宗の僧侶だけでなく、仏教徒全体にとって、自己を見つめ直し、より良い生き方を目指す上での重要な指針となっています。



参考文献

* 「『密厳院発露懺悔文』の一考察」、豊山学報＜45号＞、真言宗豊山派総合研究院、INBUDS:09108912、2002年6月刊、桑原康年

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