富山絵

富山絵：売薬と共に栄えた地方版画

概要

富山絵は、江戸時代後期から明治時代にかけて制作された、独特の様式を持つ浮世絵です。一般的には「売薬版画」として知られ、富山の薬売りが顧客への進物として配ったことから、その名が広く浸透しました。薬の行商が盛んだった富山において、絵は商品と同様に重要な役割を果たしていたのです。

富山の売薬の歴史は古く、一説には17世紀後半にまで遡ると言われています。藩主が薬の効果を実証したことがきっかけとなり、諸藩から薬の行商が許可され、やがて一大産業へと発展を遂げました。

売薬行商の宣伝や、顧客への感謝の印として、様々な工夫が凝らされました。その一つが、後に「おまけ」と呼ばれるようになる、様々な小物が添付されたことでした。そして、その中でも特に注目されるのが、富山絵という多色摺りの版画です。

富山絵の特徴と歴史

富山絵は、親しみやすい絵柄と、手軽に持ち運べるという利便性から、人々に愛されました。初期の富山絵は、江戸や上方で制作された浮世絵を模倣したものと考えられていますが、天保年間（1830～1844）頃からは、歌川広重などの作品も富山で刷られるようになります。

嘉永年間（1848～1854）に入ると、地元の画師、松浦守美が登場し、数多くの作品を生み出しました。彼は、富山絵に独自のスタイルを確立し、その発展に大きく貢献した人物と言えるでしょう。

明治時代に入ると、富山売薬はさらに発展し、それに伴い、多くの絵師や版元が富山で活躍しました。松浦守義、尾竹越堂とその兄弟である尾竹竹坡、尾竹国観といった著名な絵師たちが、魅力的な作品を次々と発表していきました。版元においても、熊本錦広堂、小泉重兵衛、高見清平、小西美精堂、中川吉右衛門などが知られています。

しかし、明治30年代半ば以降、印刷技術の進歩（木版から石版へ）、新聞・雑誌の普及、写真の台頭などにより、富山絵は徐々に衰退していきました。情報伝達手段としての役割が薄れ、色刷りの印刷物が珍しくなくなったこと、そして何より写真の普及が、版画の魅力を薄めてしまったのです。

富山絵の意義

富山絵は、単なる進物としての版画にとどまらず、地方版画として、また日本における「おまけ商法」の起源の一つとしても重要な意義を持っています。長崎絵などと共に、地方における版画文化発展の一端を担ったと言えるでしょう。

その親しみやすい絵柄、手軽さ、そして独特の様式は、江戸時代後期から明治時代の社会情勢や文化を反映しており、当時の生活や人々の感性を垣間見れる貴重な資料となっています。

参考文献

『目でみるくすりの博物誌』 内藤記念くすり博物館、1990年
富山市売薬資料館編 『明治の売薬版画』 富山市売薬資料館、1997年
* 瀬木慎一ほか 『Bien Vol.43 きみは、尾竹三兄弟を知っているか?』 藝術出版社、2007年

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