富岳 (スーパーコンピュータ)

富岳（ふがく）

富岳は、理化学研究所に設置されている日本のフラッグシップスーパーコンピュータです。先行機である「京」の後継システムとして、富士通との共同開発により開発が進められました。処理性能は100PFLOPSを超え、いわゆるプレエクサスケールコンピュータに位置づけられます。2014年に開発が開始され、2020年より試行的な運用を経て、2021年に本格稼働しました。設置場所は兵庫県神戸市の理化学研究所計算科学研究センターです。

ハードウェア構成

富岳の心臓部には、富士通が独自に開発した高性能CPUであるA64FXが搭載されています。このCPUは、Armv8.2-Aアーキテクチャをベースに、ベクトル演算能力を大幅に強化するSVE（Scalable Vector Extension）を拡張として追加しており、バイナリ互換性を保ちつつ、マイクロアーキテクチャには「京」で採用されたSPARC64の設計思想が取り入れられています。システム全体としては、158,976個のA64FX CPUが富士通独自の高速インターコネクト「Tofu Interconnect D」で相互に接続されています。富岳は、「京」と比較して最大で約100倍の計算性能と、高い実用性の両立を目指して設計されました。

ソフトウェア環境

オペレーティングシステムとしては、IHK/McKernelと呼ばれる軽量マルチカーネル方式を採用しています。これは、汎用性の高いLinuxカーネルと、計算科学シミュレーションに特化した軽量カーネルであるMcKernelを同時に連携させて動作させる仕組みです。両カーネルの協調動作を可能にする基盤は、Interface for Heterogeneous Kernels (IHK) と称されています。高い性能が要求されるシミュレーション計算はMcKernel上で実行され、ファイル入出力やネットワーク通信といった一般的なPOSIX準拠のサービスにはLinuxが利用されます。

主要な言語処理系としては、Fortran、C、C++コンパイラ（GNUおよびClang拡張を含む）や、OpenMPが利用可能です。スクリプティング言語としてPython（主要なライブラリ含む）やRubyもサポートされています。数値計算ライブラリも充実しており、BLAS、LAPACK、ScaLAPACKといった標準ライブラリに加え、富士通独自のライブラリや高性能なバッチ処理ライブラリが提供されています。

性能評価と実績

富岳は、世界のスーパーコンピュータ性能ランキングにおいて輝かしい実績を残しています。特に、2020年6月に発表されたTOP500リストでは、計算速度で世界第1位を獲得しました。これは、日本のスパコンとしては「京」が2011年に達成して以来、9年ぶりの快挙でした。さらに、産業応用などで重要なHPCG (High Performance Conjugate Gradient)、AI分野のHPL-AI、ビッグデータ解析のGraph500といった主要なベンチマークでも同時に1位となり、4部門で世界首位となる「4冠」を達成しました。その後も、2021年11月まで4期連続で4冠を維持し、世界初の記録となりました。電力効率を示すGreen500では、2020年6月時点で9位にランクインしています。

一方で、実際の利用者へのアンケートでは、「期待した実行性能が得られた」と回答した割合が他の国内スパコンに比べて低いという結果も出ており、ベンチマーク性能と実際のアプリケーション性能との間に乖離がある可能性が指摘されています。

運用コストと課題

富岳の構築には、総額で1300億円（国費1100億円、民間投資200億円）が投じられたと報じられています。また、運用維持には年間150億円以上の経費が必要です。近年、特に電力費の急激な高騰が運用に影響を与えており、2022年には運用費用の不足が見込まれたため、全計算ノードの約3分の1を約4ヶ月間にわたり停止する措置がとられました。

国際的な比較では、ニューヨーク・タイムズ紙が、富岳の性能を超える米国のエクサスケールスパコン計画が最大6億ドルであるのに対し、富岳のコストが10億ドルを超える高額な支出であると論じたこともあります。

主なシステム構成要素

• - CPU: A64FX (Armv8.2-A SVE, 48計算コア + 4 OSコア)
• - メモリ: HBM2 32 GiB/ノード
• - インターコネクト: Tofu Interconnect D
• - ストレージ: 第1階層 (NVMe SSD)、第2階層 (共有ファイルシステム 150 PB)、第3階層 (クラウドストレージ連携)

歴史上の主要な出来事

富岳の開発から運用にかけては、以下のような主要な出来事がありました。

2018年11月：ポスト「京」開発中間評価で妥当と評価。
2019年5月：名称が「富岳」に決定。
2019年11月：試作機がGreen500で世界1位を獲得。
2020年4月：整備中に新型コロナウイルス対策研究に利用開始。
2020年6月：TOP500など主要4部門で世界1位を獲得し、4冠達成。
2021年3月：本格運用開始。
2021年以降：新型コロナウイルスの飛沫拡散シミュレーションなど、社会課題解決に貢献する研究成果を多数発表。
2021年11月：ゴードン・ベル賞COVID-19研究特別賞を受賞。大規模機械学習ベンチマークMLPerf HPCでも1位を獲得。
2022年11月：ゴードン・ベル賞を2年連続で受賞。
2023年5月：富岳を用いた大規模言語モデル（LLM）開発計画を発表。
2024年5月：130億パラメータのLLM「Fugaku-LLM」を公開。
2024年11月：HPCG、Graph500で10期連続1位を達成。

名称の由来

「富岳」という名称は公募によって選ばれました。理化学研究所は、富士山のように高く幅広い「富岳」の性能と裾野の広がりを表現しているとしています。また、「京」の最大100倍の性能を目指すことから、葛飾北斎の『富嶽百景』や太宰治の『富嶽百景』を意識した「富岳100京」という言葉遊びとの説も存在します。

受賞歴

富岳は、その顕著な性能と貢献により、様々な賞を受賞しています。

世界のスーパーコンピュータ性能ランキングにおいて、複数期にわたり主要4部門（TOP500, HPCG, HPL-AI, Graph500）で世界1位を獲得。
2021年および2022年：ゴードン・ベル賞（2021年はCOVID-19研究特別賞）を受賞。

ミニ富岳

「ミニ富岳」と呼ばれる、富岳と同じA64FX CPUを搭載した計算機システムも存在します。計算科学振興財団によって運用されており、富岳の本格利用に先立つプログラムの動作確認や小規模な計算タスクに利用されています。富岳本体と比較して計算能力は圧倒的に低いものの、同等環境でのテストが可能です。

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