寿川念仏道場

富山県南砺市（旧平村）寿川地区に位置する寿川念仏道場は、真宗本願寺派に属する宗教施設です。五箇山地方には多くの念仏道場が存在しますが、この寿川道場は、道場が設立された初期の頃の形態を今日までよく伝えている点で特に重要視されています。この歴史的な価値を持つ建物は、南砺市の指定文化財となっています。

歴史的背景

五箇山地域に浄土真宗の教えが広まり始めたのは、およそ15世紀後半のこととされています。当初、この布教を主導したのは、越前国（現在の福井県）に拠点を持つ和田本覚寺でした。この時期、本願寺の5代法主である綽如（しゃくにょ）の庶流にあたる人々が、越前を中心に北陸一帯で熱心に布教活動を行っており、和田本覚寺に代表される彼らは「北国一家衆（ほっこくいっかしゅう）」と呼ばれていました。五箇山へ真宗の教えをもたらしたのも、この北国一家衆であったと考えられています。

一方、これに少し遅れて五箇山に教線を伸ばしたのが、京の今小路常楽寺です。常楽寺は主に五箇山東部の利賀谷（とがだに）や小谷（おたに）地域で門徒を増やしていきました。越中国内にある常楽寺の下寺院には、室牧称念寺（むろまきしょうねんじ。現在の富山市八尾町にあり、後に高岡市へ移転）があり、常楽寺は八尾から山を越えて利賀谷に入り、さらに小谷へと布教範囲を広げたのではないかと推測されています。常楽寺の門徒は、利賀谷・小谷のどちらの地域でも中央部に多く分布しており、北部では井波瑞泉寺（ずいせんじ）、南部では坂上西勝寺（ばんがみにっしょうじ）といった他の有力寺院の勢力圏であったため、門徒拡大には困難が伴ったようです。

戦国時代を通して、常楽寺は本願寺と共に各地を転々とする不安定な状況にあったため、五箇山の門徒に対する直接的な教化を行うことが難しくなりました。そこで、砺波郡にあり常楽寺の下寺院の中でも有力であった清水真光寺（しみずしんこうじ。現在の小矢部市）が、五箇山の常楽寺門徒を取りまとめる役割を担うようになりました。その結果、五箇山における常楽寺の門徒のほとんどが、真光寺の門徒へと移行していきました。

その後、江戸時代に入り、本願寺の東西分裂騒動が発生すると、真光寺もまた二つに分かれました。東本願寺に従う池尻真光寺（いけじりしんこうじ。現在の南砺市旧井口村）と、西本願寺に従う杉木新町真光寺（すぎのきしんまちしんこうじ。現在の砺波市出町）です。五箇山の門徒たちも、この東西の分裂に従って二派に分かれることになりました。さらにこの時、小谷地域の下出（しもで）、大崩島（おおくずれじま）、渡原（どのはら）、そして寿川の各集落は、西本願寺に対して直々に願い出て、西本願寺の直参門徒（じきさんもんとにん。直接本願寺に属する門徒）となりました。そして、越中における西本願寺派の中心寺院である伏木勝興寺（ふしきしょうこうじ）の預かりという形をとることになったのです。

このような複雑な経緯を経て、江戸時代以降、寿川道場は勝興寺の下寺院であった入報寺（にゅうほうじ）を手次寺（てつぎでら。所属寺院）としました。現在の寿川道場の建物は、文政3年頃（1820年）に、当時の集落の代表者である肝煎（きもいり）の治右衛門（じえもん）という人物が、10年の歳月をかけて建立したと伝えられています。このことを示すように、建物には表面に「御本山御直参道場」、裏面に「于時文政第四歳（文政4年）十月…」と記された額が現在も残されています。一方で、道場が所蔵する半鐘には「宝暦四年（1754年）願主治右衛門」という銘があり、少なくとも1754年には既に道場が存在していたことが示唆されています。

文化財としての価値と建造物の特徴

寿川念仏道場の正確な創建年代は不明ですが、現在の建物は前述の通り文政3年頃（1820年）に建築が始まったと伝えられています。

建物の外観は、周辺の五箇山地方の民家に近い造りですが、寺院建築に見られる要素も取り入れられています。例えば、柱の上部に設けられた実肘木（さねひじき）や、一間（ひとま）ごとに等間隔に配置された化粧垂木（けしょうだるき）、そして建物の正面に張り出した向拝（こうはい）の形式などが挙げられます。建物の構造は、中心となる上屋（うわや）が桁行（けたゆき。奥行き方向）5間、梁間（はりま。間口方向）3間となっており、その四方に一間通りの下屋（げや）が巡らされています。屋根の骨組みである小屋組み（こやぐみ）は、合掌造りなどの民家に見られる杈首組（さすくみ）という構造が採用されています。

一方、建物の内部には、虹梁（こうりょう）の上の詰め組（つめぐみ）と呼ばれる組物（くみもの）や、精巧な欄間彫刻が施されており、寺院らしい荘厳な空間が演出されています。内陣（ないじん。本尊を安置する場所）は、初期の道場に見られた内道場（ないどうじょう）の形式から、五体の本尊（五尊）を安置する形式へと発展した段階を示しており、伝統的な念仏道場の変遷を理解する上で重要な例となっています。現在では希少となった茅葺き屋根（かやぶきやね）と共に、五箇山地方における伝統的な念仏道場の建築様式を今に伝えていることから、昭和61年（1986年）7月18日に旧平村の文化財に指定され、現在は南砺市の文化財として保護されています。

五箇山における旧常楽寺下道場の系譜

先述の通り、寿川道場は元々京の常楽寺に連なる道場として始まりました。五箇山地方の利賀谷から小谷にかけての地域には、かつて常楽寺の下にあった念仏道場が数多く分布しています。これらの道場は、後に清水真光寺の下へと移行しましたが、その後の本願寺東西分裂の影響を受け、現代に至るまでに三つの系統に分かれています。

1. 東本願寺に属する池尻真光寺の下道場
2. 西本願寺に属する出町真光寺の下道場
3. 西本願寺直参となり、勝興寺の預かりとなった道場（寿川道場はこの系統に属します）

寿川念仏道場は、五箇山地方における真宗信仰の複雑な伝播と変遷の歴史を物語る重要な建築であり、その伝統的な姿は地域の文化遺産として貴重な存在となっています。

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