小岩井源一

小岩井源一：旅館経営者と詩人、二つの顔を持つ男

小岩井源一（1904年3月31日 - 1978年1月31日）は、長野県浅間温泉の老舗旅館「香蘭荘」の経営者でありながら、詩人・高橋玄一郎としても名を馳せた人物です。彼は、地方政治家としての顔も持ち、東筑摩郡本郷村（現在の松本市の一部）の初代公選村長や助役を務めるなど、多岐にわたる分野で活躍しました。

生い立ちと旅館経営

小岩井源一は、石川県輪島市で生まれました。父は浅間温泉の旅館「香蘭荘」を経営する小岩井家の出身でしたが、高橋家に養子に出ていました。その後、父が家業を継ぐため浅間温泉に戻ることになり、源一は幼少期を母方の祖父母に育てられました。中学進学を機に父に呼び戻され、松本中学校（現在の長野県松本深志高等学校）に入学。この学校で、生涯の友人となる永田広志と出会います。成人後、大町出身の女性と結婚。その後、本郷村役場に勤務し、1947年には公選初代の村長に選出されました。1963年まで助役も務め、地域社会に貢献しました。

詩人・高橋玄一郎としての活動

小岩井源一は、ペンネーム「高橋玄一郎」として、詩人としても重要な足跡を残しました。彼の詩は、象徴派から出発し、マルクス主義の影響を受けながら、独自の斬新な詩論を展開したと評価されています。村役場に勤務する傍ら、自宅に帰ると執筆活動に没頭する日々を送り、1927年には佐藤惣之助が主宰する『詩之家』の同人となりました。1929年には、竹中久七らと創刊した同人誌『リアン』に参加。しかし、1941年には『リアン』の関係で特高警察にスパイ容疑で逮捕され、1943年に釈放されるという苦難も経験しました。また、1947年に松本中学時代からの友人であったマルクス主義者の永田広志が亡くなった際には、追悼の歌を作詞し、無宗教葬で参列者によって合唱されたという逸話も残っています。この時の経験は、彼の小説『無宗教葬』に反映されています。

高橋玄一郎は、その前衛的な詩作活動から、長野県における現代詩運動の先駆者として知られています。戦後も詩人としての活動を続け、1963年の退職後には、初代長野県詩人協会会長を務めるなど、その影響力は大きかったと言えるでしょう。浅間温泉の神宮寺には、彼の功績を称える詩碑が建立されています。

大衆文化における小岩井源一

1997年には、山本勝夫によって書かれた実名小説『山嶺の星座』で、小岩井源一（高橋玄一郎）が描かれました。この小説では、清沢清志や吉行エイスケといった同時代の文学者も登場し、当時の長野県における文学運動の様子を垣間見ることができます。

主な著作

『現代日本詩史』 山雅房（現代詩学叢書）、1941年
『めぐり会った人びと』 郷土出版（信濃文庫シリーズ）、1977年
『高橋玄一郎文学全集 第1巻 落落鈔』 木菟書館、1976年
『高橋玄一郎文学全集 第3巻 詩法遍路』 木菟書館、1978年
『高橋玄一郎文学全集 第4巻 現代日本詩史』 木菟書館、1977年
『高橋玄一郎文学全集 第8巻 異説・古城中学』 木菟書館、1977年
* 『高橋玄一郎文学全集 第9巻 無宗教葬』 木菟書館、1979年

小岩井源一は、旅館経営者、地方政治家、そして詩人という、三つの異なる顔を持つ人物でした。彼の人生は、地域社会への貢献と、文学への情熱が複雑に絡み合ったものであり、その功績は、今もなお多くの人々に語り継がれています。

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