小泉小太郎伝説

長野県に伝わる二つの小太郎伝説

長野県には、「小泉小太郎」と「泉小太郎」という二つの民話が伝わっています。これらの物語は、それぞれ異なる地域で語り継がれてきたものの、その根底には共通のルーツが存在すると考えられています。二つの民話は、小太郎という人物を軸に、それぞれの地域における独特な文化や自然環境を反映した物語が展開されています。

上田地域に伝わる「小泉小太郎」

「小泉小太郎」は、主に長野県上田地域に伝わる民話です。この物語は、人間の父親と大蛇の母親との間に生まれた少年・小太郎を中心に展開されます。

物語は、鉄城山の山頂にある寺に毎晩通う女性の謎から始まります。寺の住職が女性の衣服に糸を付けたところ、その糸は川の上流にある洞窟へと続いていました。洞窟の中には、出産を控えた大蛇がおり、住職が驚いて逃げ出すと、大蛇は正体が知られたことを恥じて死んでしまいます。残された赤子は、小泉村の老婆に拾われ、小太郎と名付けられて育てられます。小太郎は、体は小さいながらもたくましい青年に成長しますが、怠け者で、いつも遊んでばかりでした。

ある日、老婆に促されて山へ薪を取りに行くことになった小太郎は、山中の萩を束ねて持ち帰ります。老婆に萩の束は決して解いてはならないと伝えますが、老婆はそれを解いてしまい、萩の束はたちまち膨れ上がり、家と老婆を押しつぶしてしまいます。この物語には、以下のような補足があります。

三輪山伝説との関連性: この民話は、古事記にある三輪山伝説を根幹としていると考えられています。
鉄城山と独鈷山: 物語に登場する鉄城山は、別名殿城山とも呼ばれ、その支峰が独鈷山です。
産川と蛇骨石: 大蛇が赤子を産んだとされる川は産川と呼ばれ、その流域に散らばる沸石は、死んだ大蛇の骨であると言われています。
小泉山の萩: 小太郎が山中の萩を刈り尽くしたため、その山には萩が生えなくなったと言われています。
小太郎の子孫: 小太郎の子孫は、横腹に蛇紋のような斑点があると言われています。

安曇野地域に伝わる「泉小太郎」

一方、「泉小太郎」は、長野県安曇野地域に伝わる民話で、かつて湖であった安曇野を小太郎が開拓したという物語です。この物語では、小太郎は、犀竜を母に持つ存在として描かれています。

物語は、かつて松本盆地が湖であった時代から始まります。湖には犀竜が住んでおり、東の高梨の池に住む白竜王との間に子供をもうけました。その子が日光泉小太郎です。しかし、母である犀竜は、自身の姿を恥じて湖に隠れてしまいます。

中山の産ヶ坂で生まれ、放光寺で成人した小太郎は、母の行方を捜して尾入沢で再会します。そこで犀竜は、自分が建御名方神の化身であり、子孫の繁栄を願って顕現したことを明かします。そして、小太郎に湖の水を流して平地に変え、人が住める里にするよう告げます。小太郎は犀竜に乗って山清路の巨岩や久米路橋の岩山を突き破り、日本海へ至る川筋を作ったとされています。

この物語には、以下のような補足があります。

開拓伝説: 安曇野の開拓は、小太郎の偉業によるものとされています。
伝説の由来: この伝説は、古くから伝わる「白水光郎」という人物の功績が、誤って伝えられたものであるという説もあります。
ゆかりの地: 松本市、安曇野市、大町市、長野市には、伝説にちなんだ銅像や石像が建立されています。また、大町市には、小太郎をテーマにした博物館があります。

二つの小太郎伝説の関連性

「小泉小太郎」と「泉小太郎」は、物語の内容は異なりますが、その名称の類似性から、古くから関連性が指摘されてきました。民俗学者の柳田國男も、「元は一つであったのではないか」と推測しています。松谷みよ子は、二つの民話を聞いた後、「これはおそらく一つの話に違いない」と考えました。

これらの民話を統合した物語も存在します。

1957年に出版された「信濃の民話」には、長野県各地の民話を一つにまとめた「小泉小太郎」が収録されています。この物語では、小太郎の母親は湖の中で生きており、成長した小太郎が母を探して旅立ち、再会した二人が力を合わせて湖を開拓するという内容です。また、1973年に出版された「民衆の英雄」にも「小泉小太郎と母竜」として収録されています。この物語では、小太郎の父親は開拓者集団の長であり、小太郎と母竜が上田盆地も開拓したという設定になっています。この物語は、テレビアニメ「まんが日本昔ばなし」でも放送されました。

松谷みよ子は、これらの民話をベースに、自身の体験や子供たちとの関わりを加えて、創作物語「龍の子太郎」を執筆しました。松谷は、忘れ去られつつあった小泉小太郎の民話を再評価し、物語に新たな息吹を与えました。


これらの二つの小太郎伝説は、長野県の豊かな自然と人々の生活を反映した、魅力的な民話として語り継がれています。

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