小袖曾我薊色縫

歌舞伎演目『小袖曾我薊色縫』解説

『小袖曾我薊色縫』は、二代目河竹新七（黙阿弥）作による歌舞伎演目です。安政五年二月（1858年3月）、江戸市村座で初演されました。全六幕からなる大作で、実在の大盗賊・鬼坊主清吉を主人公に、複数の事件や出来事を鮮やかに描いた作品として知られています。

物語の骨子

物語は、文化二年（1805年）に処刑された鬼坊主清吉の生涯を軸に展開します。藤岡藤十郎の御金蔵破り事件や、講談で有名な剣客八重垣紋三のお家騒動といった、当時の世相を反映した事件が背景として描かれています。さらに、寛永寺の僧侶と遊女の心中事件、そして初春恒例の曾我兄弟の対面といった、様々な要素が複雑に絡み合い、ドラマチックな展開を生み出しています。

現代では、清吉とその情婦・十六夜を中心とした物語が、『花街模様薊色縫』というタイトルで上演されることが一般的です。こちらは全四幕で、『十六夜清心』という通称でも広く知られています。

あらすじ

物語は、鎌倉極楽寺からの金子三千両盗難事件から始まります。捜査の結果、金子の管理役僧である清心が、扇屋の遊女・十六夜と関係していたことが発覚し、清心は追放されます。絶望した二人は、稲瀬川で入水自殺を図りますが、清心は生き残ります。そこで彼は、通りかかった女性を殺害し、その金品を奪って盗賊となります。

その後、清心は「鬼薊清吉」と名乗り、盗賊として名を馳せます。一方、十六夜は俳諧師白蓮に助けられ、彼の妾となりますが、清心の死を信じ、出家して旅に出ます。山中で偶然再会を果たした清吉と十六夜は、やがて夫婦として悪事を働くようになります。

彼らの強請りを受けた白蓮は、実は天下の大泥棒であり、しかも清吉とは生き別れの兄弟であることが明らかになります。しかし、その事実が役人に知られ、清吉と十六夜、そして白蓮は逃亡を余儀なくされます。

最後は、無縁寺で、清吉が自身の過ちに気づき、十六夜を誤って殺めてしまうという悲劇的な結末を迎えます。清吉は、自害して物語に幕を閉じます。

初演とその後

『小袖曾我薊色縫』の初演は、大成功を収めました。しかし、江戸城御金蔵破りを題材にした部分に問題が生じ、上演中に多くの場面がカットされるようになり、最終的には上演禁止となりました。

河竹新七は、この演目における藤岡藤十郎の御金蔵破り事件に強いこだわりを持ち続け、明治18年（1886年）には、藤岡を主人公とした『四千両小判梅葉』を発表しています。

配役と演出

『小袖曾我薊色縫』では、清心と十六夜には、当時の人気役者たちが配役されるのが慣例でした。戦前では市村羽左衛門と尾上梅幸、戦後は市川團十郎と尾上梅幸といった豪華な組み合わせが有名です。現在でも、当代一流の役者たちがこの役を演じています。

また、演出面でも、役者の魅力を引き出す工夫が凝らされています。特に、清心が殺人を犯し、盗賊に転落する場面は、役者の演技力の見せ場となっています。

題名の由来

『小袖曾我薊色縫』という題名には、それぞれの言葉に意味が込められています。「小袖」は清心に渡される小袖、「薊」は「鬼薊清吉」の「薊」の字、「色」は十六夜が働く遊郭の色を表しています。

この演目は、時代劇の要素と人間ドラマが見事に融合した、歌舞伎を代表する作品の一つと言えるでしょう。様々な要素が複雑に絡み合い、観る者の心を掴む魅力に満ちた作品です。

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