小額政府紙幣

小額政府紙幣とは

小額政府紙幣とは、20世紀前半の日本で、主に第一次世界大戦と第二次世界大戦という二つの大きな戦争の影響を受けて発行された、額面の小さい政府発行の紙幣の総称です。日本では、中央銀行である日本銀行が設立されて以降、通貨の発行は日本銀行が行い、政府が直接紙幣を発行することは基本的にありませんでした。しかし、戦時中の物資不足やインフレなど特殊な状況下で、硬貨の代替として政府が発行する必要が生じ、小額の政府紙幣が発行されることとなりました。

発行の背景

通常、日本銀行が銀行券を発行し、政府は硬貨を製造していました。しかし、戦争による金属価格の高騰や不足により、硬貨の製造が困難になりました。そこで、補助貨幣としての役割を紙幣に担わせるため、小額政府紙幣が発行されました。これらの紙幣は、名目上は硬貨の代替として発行されましたが、実際には日本銀行券と同様に通貨として広く使用されました。

これらの紙幣は不換紙幣であり、法的な強制力を持って通用させられました。また、政府紙幣は償還や金利の必要がないため、無制限に発行するとインフレーションを引き起こす危険性がありました。そのため、硬貨と同様に国庫の預金を引当金として発行していました。紙幣には大蔵大臣の印章が印刷されており、これは政府発行の軍用手票や国債にも見られる特徴です。

大正時代の小額政府紙幣

第一次世界大戦中から終戦直後にかけて、大正時代には以下の3種類の小額政府紙幣が発行されました。

五十銭券：大正6年から大正11年まで発行
二十銭券：大正6年から大正8年まで発行
十銭券：大正6年から大正10年まで発行

これらの紙幣には、表面に菊花紋章と発行年が記載され、裏面には彩紋模様と偽造罰則文言が印刷されていました。紙幣のサイズやデザインはそれぞれ異なり、額面に応じて縦横の寸法も異なっていました。発行期間や製造枚数も各紙幣で異なり、特に五十銭券は最も多く製造されました。

戦時中の小額政府紙幣

第二次世界大戦中から終戦直後にかけては、主に五十銭券のみが発行されました。

五十銭券（富士桜）：昭和13年から昭和17年まで発行。富士山と桜が描かれたデザインが特徴です。
五十銭券（靖国神社）：昭和17年から昭和22年まで発行。靖国神社がデザインされ、前期と後期でデザインに差異があります。
五十銭券（板垣五十銭）：昭和22年から昭和24年まで発行。板垣退助の肖像と国会議事堂がデザインされ、従来の政府紙幣とは異なる印象を与えます。

これらの紙幣も、戦時中の物資不足やインフレに対応するために発行されました。富士桜の五十銭券では、皇紀による年号が併記されていたり、靖国神社の五十銭券は戦況の変化に合わせてデザインや印刷方法が変更されたりしています。板垣五十銭券は、戦後の混乱期に発行され、戦時中の政府紙幣とは異なり、新字体と左横書きが採用されました。

各小額政府紙幣の詳細

大正小額政府紙幣

大正6年'>[1917年]に勅令によって発行された紙幣です。主な特徴は以下の通りです。

額面: 五十銭、二十銭、十銭
表面: 菊花紋章、発行年
裏面: 彩紋模様、偽造罰則文言
印章: 大蔵大臣（表面のみ）
銘板: 大日本帝国政府印刷局製造
記番号: 赤色で組番号のみ記載

これらの紙幣は、第一次世界大戦のインフレにより銀貨が不足したために発行されました。デザインは明治時代の改造紙幣のものを流用し、透かしは縦線条でした。

小額政府紙幣（富士桜）

1938年（昭和13年）に発行された五十銭紙幣です。主な特徴は以下の通りです。

額面: 五十銭
表面: 富士山（越前岳から望む）、桜、旭日、発行年
裏面: 彩紋模様
印章: 大蔵大臣（表面のみ）
銘板: 内閣印刷局製造
記番号: 赤色で組番号のみ記載

この紙幣は、日中戦争に伴う金属不足のため、銀貨の代わりに発行されました。透かしは波線の連続模様で、印刷には凹版印刷が用いられました。

小額政府紙幣（靖国神社）

1942年（昭和17年）から発行された五十銭紙幣です。主な特徴は以下の通りです。

額面: 五十銭
表面: 靖国神社第二鳥居、神門、金鵄、桜花、発行年
裏面: 高千穂峰
印章: 大蔵大臣（表面のみ）
銘板: なし
記番号: 赤色で組番号のみ記載

この紙幣は、太平洋戦争中にデザインが変更され、戦時下の状況を反映しています。前期と後期でデザインが異なり、後期のものはGHQの占領下で製造されました。透かしは前期が「50」と波線、後期が桐の連続模様でした。

小額政府紙幣（板垣五十銭）

1948年（昭和23年）に発行された五十銭紙幣です。主な特徴は以下の通りです。

額面: 五十銭
表面: 板垣退助
裏面: 国会議事堂
印章: 大蔵大臣（表面のみ）
銘板: 印刷局製造
記番号: 赤色で組番号のみ記載

この紙幣は、戦後のインフレに対応するために発行されました。従来の政府紙幣とは異なり、板垣退助の肖像が描かれ、透かしはありません。新字体と左横書き表記が初めて採用されました。

小額政府紙幣の終焉

小額政府紙幣は、インフレーションの進行により額面価値が低下し、1948年の小額紙幣整理法によって通用禁止となりました。その後、銭単位の貨幣は1953年に小額通貨整理法により廃止され、小額政府紙幣はその役割を終えました。しかし、これらの紙幣は日本の歴史と経済状況を物語る貴重な資料として、今もなおその価値を保っています。

参考文献

『日本紙幣収集辞典』　原典社　2005年
植村峻『紙幣肖像の近現代史』吉川弘文館、2015年6月。
植村峻『日本紙幣の肖像やデザインの謎』日本貨幣商協同組合、2019年1月。
利光三津夫、 植村峻、田宮健三『カラー版 日本通貨図鑑』日本専門図書出版、2004年6月。
大蔵省印刷局『日本のお金 近代通貨ハンドブック』大蔵省印刷局、1994年6月。
大蔵省印刷局『日本銀行券製造100年・歴史と技術』大蔵省印刷局、1984年11月。
日本銀行調査局『図録日本の貨幣 8 近代兌換制度の確立と動揺』東洋経済新報社、1975年。
日本銀行調査局『図録日本の貨幣 9 管理通貨制度下の通貨』東洋経済新報社、1975年。

関連項目

日本銀行券
政府紙幣
* スタンプ・マネー

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