山下白雨

山下白雨：葛飾北斎の描く黒富士と稲妻

葛飾北斎による名所絵揃物『富嶽三十六景』は、46枚にも及ぶ浮世絵シリーズとして知られています。その中でも特に人気が高いのが、「神奈川沖浪裏」「凱風快晴」と並んで三大役物と呼ばれる「山下白雨」です。1831年（天保2年）頃に版行されたと推測され、落款には「北斎改為一筆」と記されています。版元は永寿堂西村屋与八です。

本作品最大の特徴は、黒く描かれた富士山に稲妻が激しく走る様子でしょう。赤富士として名高い「凱風快晴」とは対照的な、力強くも不穏な雰囲気を漂わせています。この黒富士と稲妻の対比は、見る者に強い印象を与え、北斎の卓越した表現力を感じさせます。

『富嶽三十六景』の他の作品は、描かれている富士山の位置を比較的特定しやすいのですが、「山下白雨」は、視点がどこからなのか特定できていません。「凱風快晴」や「遠江山中」も同様で、北斎が意図的に視点や位置を曖昧にしているのか、あるいは資料不足によって解明されていないのか、謎めいた点も作品の大きな魅力となっています。

様々な研究がなされていますが、富士山をどこから見て描いたのか、いまだに結論が出ていない点は、この作品が持つ神秘性をより一層際立たせています。鑑賞者は、自身の解釈で富士山の位置や、絵に描かれた情景を自由に想像することができます。

北斎は、この作品を通して、単なる風景描写にとどまらず、自然の雄大さと、そこに潜む畏怖すべき力、そして人間の想像力を刺激するような、深遠なメッセージを伝えようとしたのかもしれません。

近年では、この作品に関する研究も盛んに行われており、様々な解釈が提示されています。例えば、稲妻は単なる自然現象ではなく、当時の人々の生活に影響を与えた自然災害を象徴しているという説や、黒富士は、当時の人々が富士山に対して抱いていた畏敬の念や、自然に対する畏怖の念を表しているという説など、多様な視点からの考察がなされています。

これらの研究書は、私たちが「山下白雨」をより深く理解する上で、大変貴重な手がかりとなります。作品を鑑賞する際には、これらの研究成果を参考にしながら、自分自身の解釈を加えてみるのも良いでしょう。

参考文献

狩野博幸『絵は語る14 葛飾北斎筆 凱風快晴 赤富士のフォークロア』平凡社、1994年
田代博『「富士見」の謎』祥伝社〈祥伝社新書〉、2011年
日野原健司『北斎 富嶽三十六景』岩波書店〈岩波文庫〉、2019年
磯崎康彦「北斎の風景・風俗版画」『福島大学人間発達文化学類論集』34巻、福島大学人間発達文化学類、2021年

これらの書籍は、「山下白雨」のみならず、『富嶽三十六景』全体、そして葛飾北斎の芸術世界を理解する上で役立つでしょう。それぞれの書籍で提示されている見解や解釈を比較検討することで、より深い鑑賞体験を得ることができるはずです。 北斎の絵画における独特の表現技法や、当時の社会情勢なども考慮しながら、作品を読み解いていくことで、新たな発見や感動が生まれることでしょう。 『富嶽三十六景』は単なる風景画ではなく、北斎の思想や世界観が凝縮された作品群であり、「山下白雨」はその中でも特に謎が多く、魅力的な作品の一つと言えるでしょう。

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