岡崎車庫

愛知県岡崎市にかつて重要な役割を担った名古屋鉄道の車両基地が存在しました。その名は「岡崎車庫（おかざきしゃこ）」。名古屋鉄道が運行していた路面電車路線、岡崎市内線の車両が収容され、保守・管理の一切を担っていた拠点です。公式には岡崎車庫と呼ばれていましたが、利用客や地元住民の間では、単に「車庫」という呼び名でも親しまれていたと言われています。

この車両基地は、岡崎市内線の終点の一つであった「車庫前駅」のすぐ西側に設けられていました。駅からは車庫へと続く専用の引込み線が敷設されており、ここを通じて車両が出入庫していました。敷地面積は約5,184平方メートルと、都市部の路面電車基地としては標準的な規模を持っていたと考えられます。

岡崎車庫の内部設備には特徴がありました。当時の他の車両基地では見られた分岐器や、車両の向きを変えるための転車台といった設備は設けられていませんでした。限られた空間の中で効率的な車両の出し入れや並べ替えを行うため、これらの代わりに「トラバーサー」という横移動装置が活用されていました。これは、線路間を車両が載った台車が横滑りすることで、複数の留置線へと車両を振り分ける仕組みです。車庫内には2本の引込み線があり、そこから分岐する形で6本の留置線が整備され、多数の車両を同時に収容・点検できる体制が整えられていました。

岡崎車庫の役割は単なる車両の留置場所にとどまりませんでした。岡崎市内線の運行を安全かつ円滑に維持するため、ここで様々な保守作業が行われていました。日常的に行う点検作業（日常検査）はもちろん、より詳細なチェックを行う月ごとの検査（月検査）、そして車両全体を分解・点検・修理する大規模な検査（全般検査）もこの車庫で実施されていました。さらに、車両の性能向上や用途変更に伴う改造作業も手掛けられていたとされており、車両のライフサイクル全体にわたる重要な技術拠点としての機能を果たしていたのです。

岡崎車庫がいつ開設されたのかを示す明確な記録は見つかっていませんが、岡崎市内線が電気動力による運行を開始した1912年（大正元年）頃の前後に設けられたものと推測されています。以来、岡崎市内の交通を支える路面電車と共にその歴史を刻んできました。しかし、その歴史の中で最大の危機となったのが、太平洋戦争末期の1945年（昭和20年）7月20日未明に行われた岡崎空襲です。この空襲は岡崎市中心部に壊滅的な被害をもたらしましたが、岡崎車庫も例外ではありませんでした。建物、設備、そして車庫内に留置されていた多くの路面電車車両が猛火に包まれ、全焼するという甚大な被害を受けました。

戦後、焼け野原の中から車庫は復旧され、再び路面電車の運行を支える拠点として機能を再開しました。しかし、戦後の復興が進むにつれて、都市交通の主役は自動車へと移り変わり始めます。いわゆるモータリゼーションの波は、全国各地の路面電車路線に廃止の動きをもたらしました。岡崎市内線もこの流れに逆らうことはできず、1962年（昭和37年）6月17日をもって全線が廃止されることとなりました。岡崎市内線の廃止に伴い、その車両基地であった岡崎車庫もまた、同日をもって半世紀にわたる歴史に幕を閉じ、閉鎖されました。

閉鎖から既に半世紀以上が経過しています。かつて岡崎車庫が存在した土地は、その後の都市計画に基づく大規模な区画整理事業により、その姿を大きく変えました。当時の車庫の建物や線路、さらにはトラバーサーのような特徴的な設備も全て撤去され、現在ではその痕跡を現地に見出すことは残念ながらできません。かつて車両基地として活気に満ちていた場所は、現代の市街地の一部として再開発されています。おおよその位置としては、現在、国道248号線（通称「電車通り」）が通る「電車通り銭堤」交差点の南西付近にあたるとされています。かつて岡崎の街を走り、この車庫で休息とメンテナンスを受けていた路面電車の姿は、今や人々の記憶の中や、僅かに残された写真資料の中にのみ存在しています。岡崎車庫は、激動の時代を経て姿を消した岡崎の路面電車交通史を語る上で、欠かせない存在と言えるでしょう。

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