岡本隆子

岡本 隆子

1944年12月9日に長崎県壱岐市（旧那賀村）で生まれた岡本隆子氏は、吉本新喜劇の元座員であり、タレントとしても活躍しました。本名は旧姓末永隆子。愛称は「たかこ姫」として知られ、3代目笑福亭仁鶴氏の妻としても広く認識されています。華頂短期大学を卒業。

生い立ちと演劇への憧れ

5人きょうだいの4番目、三女として誕生した隆子氏は、子供の頃から非常に活発で、女の子ながら近所の子供たちのガキ大将的存在でした。地元の小学校で校長を務めていた温厚な父親にとって、腕白ながらも愛らしい隆子氏は特別なお気に入りの娘でした。高校時代には演劇部に所属し、3年生の夏休みには壱岐島内の小中学校を巡る公演を敢行。その達成感から、将来は舞台女優として生きていきたいという夢を抱くようになります。

高校卒業後、東京の劇団への入団を希望しましたが、両親、特に父親からはまず大学への進学を勧められます。また、当時の東京は学生運動が盛んであったため、担任教師の勧めもあり、比較的穏やかな京都にある華頂短期大学家政科へ推薦で入学しました。大学生活の傍ら、京都市内の劇団に所属して夜間に稽古に励みます。入団して間もなく出演した公演で、著名な演劇人である毛利菊枝氏から直々に自身の劇団への勧誘を受けましたが、深く考えることなく断ってしまい、劇団仲間を呆れさせました。その後、所属劇団が政治活動を強める傾向に異を唱え、退団を決意しました。

大学卒業後の進路として、母校の助手や長崎県対馬での教員といった選択肢がありましたが、隆子氏はそれらを選ばず、大瀬康一氏が主演する作品を手がけるプロダクションのオーディションに応募し、合格しました。その後も京都に下宿しながら、プロダクションの一員として芸能界の入り口に立ちました。

芸能活動と仁鶴との出会い

プロダクションでは週に2回のレッスンやテレビ映画のエキストラを務める傍ら、事務作業も手伝っていました。その中で、人気女優が周囲に大切に扱われる様子を目の当たりにし、芸能界での自身のあり方について考えるようになります。1965年10月、プロダクションからの正社員登用を打診された際、アポイントメントも取らずに突然吉本興業に入ると告げ、その足で心斎橋の吉本本社へ向かいました。

アポなしで訪れた事務所で、たまたま居合わせた部長と新喜劇作家に「吉本に入りたい」と直談判。「ギャラは儲けられるようになったらたっぷり」と答えた彼女の度胸が買われ、その場で吉本新喜劇の研究員となることが決まります。このとき、「永 隆子」という芸名がつけられ、初任給としては対馬での教員の手取りと同額の13,000円が支給されました。

同年12月1日、なんば花月で新喜劇の初舞台を踏みました。終演後、楽屋に挨拶回りをしていた隆子氏は、以前一度だけ顔を合わせたことのある仁鶴氏から「この世界は向かないから早く結婚した方がいい」と言われたといいます。

しかし、純朴な人柄を持つ隆子氏に、仁鶴氏は徐々に好意を抱くようになります。1967年2月、隆子氏が出演するうめだ花月公演の千秋楽前日にお茶に誘われました。翌日、お礼にと手作り弁当を贈ったところ、仁鶴氏は大変喜び、その翌夜には京都花月近くの焼き肉店で、「結婚を前提に、私のボーイフレンドに入れてほしい」とプロポーズを受けます。隆子氏は冗談めかして「手帳の末席につけておきます」と答えますが、真に受けた仁鶴氏は自身の生い立ちなどを滔々と語り始めたといいます。

役者としての未練があり、結婚に乗り気ではなかった隆子氏がこの件を両親に手紙で相談したところ、父親から「嫌いじゃないなら考えなさい」という返事が届き、彼女の気持ちを後押ししました。これを知った仁鶴氏は、吉本興業に隆子氏との結婚と、彼女の新喜劇退団を願い出て、すぐに了承されました。プロポーズからわずか2週間後、仁鶴氏が大阪に購入した家で二人の新婚生活が始まりました。

結婚生活とタレント活動再開

1967年4月に結婚後、隆子氏は家事全般に加え、仁鶴氏の仕事に関わる様々な事柄も担うようになりました。芸の世界や噺家のしきたりには不案内ながらも、自宅への来客対応や取材時間の調整などをこなし、仁鶴氏から「仕事に集中するため家の中のことは全て任せたい」という要望を受けてからは、家計管理も引き受けました。毎月受け取る収入から3万円を仁鶴氏に渡し、残りの1万円で家計をやりくりする隆子氏を、仁鶴氏は愛情を込めて「たかちゃん」に加え「たかこ姫」と呼ぶようになります。結婚後わずか3か月で収入が1ケタ増えるなど、仁鶴氏の仕事は益々多忙を極めました。

レギュラー番組を複数抱え、劇場公演や映画、ドラマ撮影に追われる仁鶴氏は、結婚3年目には連日深夜帰宅、早朝出発という過密スケジュールを送るようになりました。ある日、睡眠不足から体調を崩し起き上がれなくなった仁鶴氏のため、隆子氏はマネージャーに連絡し、夫を病院へ連れて行くことを伝えます。吉本興業の上層部がすぐさま医師を伴って自宅を訪れ、仁鶴氏の状態を確認後、仕事場へ連れて行ったというエピソードが残っています。

夫の多忙ぶりに「半未亡人のよう」と嘆いていた隆子氏に、仁鶴氏は仕事への復帰を提案します。その後、朝日放送からラジオパーソナリティとしての出演依頼があり、これを機にタレント活動を再開。毎日放送のテレビ番組『仁鶴・たか子の夫婦往来』などにも出演し、週に6本のレギュラーを持つほどの人気を得ました。仁鶴氏が口癖のように使う「たかこ姫」という愛称は世間に広く知られるようになり、同時期にNHK大河ドラマで貴子姫役を演じた吉永小百合氏が冗談交じりに言及するほどでした。

やがて、笑福亭仁智氏ら複数の弟子が入門し、彼らが通い弟子として家事などを手伝うようになると、隆子氏は彼らの教育指導にも熱心にあたりました。2013年3月には、夫である仁鶴氏と共にテレビ番組『大阪ほんわかテレビ』の特番や、『徹子の部屋』に出演し、夫婦仲睦まじい様子を見せました。

2017年6月2日、大阪府内の病院にて72歳で死去しました。葬儀は近親者による密葬で行われました。

人柄を偲ばせるエピソード

隆子氏の人柄を示す様々なエピソードが残されています。幼少期には動物を大切に思うあまり肉が食べられず、夕食時に家族から離れて一人でご飯を食べることもありました。また、幼い頃に父親と間違えて見知らぬ男性に話しかけたことから、その男性の養女にならないかと申し出を受けるも、父親と一緒ならどこへでも行くと答えた話や、父親の優しさに触れて感涙した話など、家族との温かい関係が窺えます。短大時代には寮を出て下宿で一人暮らしを送り、自炊生活を送っていました。仁鶴氏と結婚する前は、男性の前で食事をするのを避け、お茶や飲み物しか口にしないというこだわりを持っていました。

結婚後、仁鶴氏は隆子氏を紹介する際に「畑から引き抜いた泥つきの大根のような女房」と表現し、自然体のままが良いと話していました。大人になってからもマンションに住むことを夢見ていましたが、4回の転居を経て結局叶わず、また自動車運転免許の取得を希望しましたが、仁鶴氏の反対や自らの失敗談から、生涯実現しませんでした。仁鶴氏を結婚前は「お兄さん」、結婚後も長く「兄ちゃん」と呼んでいました。大の犬好きで、特に雑種を好み、4匹の雑種犬を保護して飼育し、弟子たちも犬の世話を手伝いました。寂しい時には一人で大阪駅の待合室に行き、行き交う人々を眺めて過ごすこともあったといいます。

仕事が終わるとすぐに帰宅し、遠方でも泊まらずに帰ろうとする仁鶴氏を、隆子氏は「コビちゃん」と呼びつつ温かく迎えていました。高齢になってから、仁鶴氏が出先から何度も隆子氏に電話をかけるようになり、繋がらないと弟子に安否確認をさせるほどでした。隆子氏はいつしか電話に出る際に「どうした？」と聞くようになり、それが高じて夫のことを「オットドウシタ」と呼ぶようになったという微笑ましいエピソードも残っています。

著書に『たかこ姫のうちにもいわしてえ』（1975年）、『そこのけそこのけ仁鶴の女房が通る』（2013年）があります。また、隆子氏の生涯は、吉本百年物語の舞台で未知やすえ氏によって演じられました。

もう一度検索