岡茂雄

岡茂雄：日本の学術出版史に輝く良心的な出版人

岡茂雄（1894-1989）は、大正から昭和初期にかけて活躍した、日本の編集者にして書店主、そして元陸軍軍人です。彼は、単なる出版業者ではなく、日本の学術出版、とりわけ民族学、考古学、山岳に関する分野に多大なる貢献を果たした、稀有な存在でした。

軍人から出版人へ

長野県に生まれた岡は、陸軍中央幼年学校を経て陸軍士官学校を卒業、歩兵少尉として軍務に就きます。しかし、彼は軍の道を進むことをやめ、東京帝国大学人類学教室に選科生として入学、鳥居龍蔵教授に師事します。この経験が、彼の人生を大きく転換させる契機となります。

岡書院と梓書房の設立

1924年、岡は民族学と考古学専門の書店「岡書院」を創立します。翌年には山岳書専門の「梓書房」も設立。この2つの書店を通して、彼は数多くの重要な書籍、雑誌を世に送り出しました。

先鋭的な出版活動

岡書院と梓書房から出版された書籍は、学術史上に残る名著ばかりです。南方熊楠の『南方随筆』、鳥居龍蔵の『人類学上より見みたる北東アジア』、柳田國男の『雪國の春』、さらには山階芳麿の『日本の鳥類と其生態』など、その範囲は多岐に渡ります。これらの出版活動は、彼の深い学識と、学問への熱い情熱を物語っています。

また、岡は民族・民俗学の総合雑誌『民族』を創刊。現在も続く日本野鳥の会の機関誌『野鳥』も、彼の梓書房から創刊されたものです。彼は、採算度外視で義侠心に基づいた出版を度々行い、多くの研究者を支援しました。小林英夫によるソシュール『言語学原論』の邦訳出版もその一例です。金田一京助の『ユーカラの研究』の出版においては、関東大震災で焼失した資料の再構成を支援し、経済的支援の斡旋も行いました。

本の造本へのこだわり

岡は、単に本を出版するだけでなく、本の造本にも並々ならぬこだわりを持っていました。彼は丈夫で壊れない本造りを標榜し、「装釘」という言葉を好んで用いました。また、「装釘同好会」に参加し、『書物と装釘』という雑誌の刊行にも携わっています。出来上がった本を床に叩きつけて堅牢性を確かめるという逸話も残されています。

出版業からの引退とその後

1935年頃、岡書院と梓書房は閉店し、岡は一旦出版業界から身を引きますが、新村出による『辞苑』（広辞苑の前身）の編集作業には最後まで携わりました。第二次世界大戦後には、岩波書店の堤常の勧めで出版業を短期間再開、今西錦司、長谷川如是閑、渋沢敬三らの著作を出版しています。

司馬遼太郎による評価

司馬遼太郎は、『街道をゆく』の中で、岡茂雄を岩波茂雄、反町茂雄と共に近代日本の良心的な出版社を代表する人物として評しています。この評価は、岡茂雄の出版活動が、単なる営利目的を超えた、学問の発展への貢献であったことを示しています。

まとめ

岡茂雄は、軍人としての経歴を持ちながら、学問への深い愛情と出版人としての揺るぎない信念で、日本の学術出版に大きな足跡を残しました。彼の業績は、現代においても高く評価されており、日本の出版文化史において重要な位置を占めているといえるでしょう。彼の功績は、単に商業的な成功だけでなく、学問の発展への貢献という点で、後世に語り継がれるべきでしょう。

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