岡部喜代子

岡部 喜代子

岡部 喜代子（おかべ きよこ、1949年（昭和24年）3月20日生まれ）は、日本の著名な民法学者であり、最高裁判所判事を務めた人物です。特に親族法および相続法を専門分野とし、その研究と教育、そして司法の分野で多大な貢献をしてきました。

生い立ちと学歴

東京都中央区日本橋で生まれた岡部氏は、幼少期から勉学に励み、慶應義塾中等部、慶應義塾女子高等学校を経て、慶應義塾大学法学部法律学科に入学しました。1971年（昭和46年）3月に同学部を卒業後、さらに法学の専門知識を深めるため、同大学院法学研究科に進学。1974年（昭和49年）3月には修士課程を修了し、法学修士の学位を取得しました。

司法の道へ

大学院修了後、1974年4月に司法研修所に入所し、司法修習生（第28期）として実務研修を積みました。1976年（昭和51年）3月に司法研修所を修了すると、同年4月には判事補に任官され、裁判官としてのキャリアを歩み始めます。

裁判官としては、名古屋地方裁判所、札幌家庭裁判所家事部、東京地方裁判所など、全国各地の裁判所で様々な事案に携わりました。特例判事補としての勤務経験もあり、大分地方・家庭裁判所判事、東京家庭裁判所判事などを歴任しました。長年の裁判官経験を通じて、幅広い分野の知識と実務能力を培いました。

研究・教育活動と弁護士活動

1993年（平成5年）4月、東京家庭裁判所判事を最後に依願退官し、同年6月には弁護士登録（東京弁護士会）を行い、新たなキャリアをスタートさせました。弁護士として活動する傍ら、1994年（平成6年）4月からは慶應義塾大学などで非常勤講師を務めるなど、研究・教育分野にも活動の場を広げます。

1997年（平成9年）4月には東洋大学法学部教授に就任し、本格的に大学教員としての道を歩み始めました。その後、東洋大学専門職大学院法務研究科教授を経て、2007年（平成19年）4月からは母校である慶應義塾大学の法科大学院教授を務め、後進の指導に力を注ぎました。この間、2002年（平成14年）11月からは複数回にわたり中央労働委員会の公益委員も務め、労使間の紛争解決にも貢献しています。

最高裁判所判事としての活躍

2010年（平成22年）4月、最高裁判所判事に就任しました。これは、当時の藤田宙靖判事の後任としての任命でした。最高裁判事としては4人目の女性ですが、裁判官、検察官、弁護士といった法曹資格を持つ女性としては史上初の就任であり、その点で日本の司法史における画期的な出来事として大きな注目を集めました。法曹資格を持たない女性判事は過去にいましたが、法律実務経験豊富な女性が最高裁の任に就くのは岡部氏が初めてでした。

最高裁判事在任中は、主に第三小法廷に所属し、多くの重要事件の審理を担当しました。特に裁判長として主導した審理も多く、その判断は社会に大きな影響を与えました。

主な担当審理としては、以下のようなものがあります。

ファイル共有ソフト「Winny」開発者の著作権法違反幇助事件では、2011年に、控訴審の無罪判決を支持し、検察側の上告を退ける決定を下しました（裁判長）。
生活保護の老齢加算廃止の適法性が争われた訴訟では、2012年に、老齢加算廃止は適法であると判断し、原告側の上告を棄却する判決を言い渡しました（裁判長）。
公益財団法人日本漢字能力検定協会の事件では、2014年に上告を棄却する決定を下しました（裁判長）。
特に注目されたのが、夫婦同氏制の合憲性が争われた2015年（平成27年）12月16日の大法廷判決です。多数意見が民法第750条の規定を合憲と判断する中、岡部氏は、夫婦同氏制は個人の尊厳と両性の本質的平等に反し、合理性を欠くとして憲法第24条に違反するという反対意見を執筆しました。これは、家族法の現代的なあり方に対する深い考察を示すものとして、法学界や社会に大きな議論を巻き起こしました。
* 2016年（平成28年）3月には、認知症の男性が単独で外出中に列車事故で死亡した事案において、鉄道会社が遺族に損害賠償を求めた訴訟について、遺族に賠償義務を認めた二審判決を破棄し、鉄道会社の請求を退ける判決を言い渡しました（裁判長）。これは、高齢化社会における家族の責任範囲に関わる重要な判示でした。

2012年（平成24年）12月16日に行われた最高裁判所裁判官国民審査では信任されましたが、同時に審査された10人の判事の中で、罷免を可とする票の数が最も多いという結果も記録されています。

2019年（平成31年）3月、最高裁判所裁判官を定年により退官しました。長年にわたる司法分野への貢献が称えられ、2020年（令和2年）4月には旭日大綬章を受章しています。

現在の活動と主な業績

最高裁判事退官後、岡部氏は春日法律事務所に所属し、引き続き法曹として活動しています。

専門分野である親族法・相続法における研究活動は幅広く、主要な著作として『相続法への誘い』（八千代出版、2001年）、『親族法への誘い（第2版）』（八千代出版、2003年）などがあります。また、実務家向けの著作や共著も多く手掛けており、『すぐ役立つ遺言の書式・実例・手続き集』（主婦と生活社、1994年）、『遺産分割事件の処理をめぐる諸問題』（司法研修所、1994年）、『ゼロからの民法 家族法編』（不磨書房、2000年）、『実務家族法講義』（民事法研究会、2006年）などがあります。論文においても、相続財産換価の手続や共同相続財産占有に関する法律関係など、実務に根差したテーマを中心に発表しています。

岡部喜代子氏は、裁判官、弁護士、大学教授、そして最高裁判事という多角的なキャリアを通じて、日本の法学研究、法曹実務、そして司法の発展に寄与しました。特に家族法・相続法の分野における専門知識と経験は、多くの著作や裁判所の判断に反映されています。法曹有資格者として初めて最高裁判事に就任したそのキャリアは、今後の日本の法曹界、特に女性法曹の活動にとって、重要な一例として記憶されるでしょう。

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