岩井半四郎 (10代目)

昭和2年（1927年）8月8日、東京に生まれた十代目岩井半四郎は、俳優、歌舞伎役者、そして日本舞踊家として、日本の伝統芸能から現代演劇、映像の世界に至るまで、幅広い分野で活躍した人物です。本名は仁科周芳（にしな ただよし）。日本舞踊の大家、花柳壽太郎を父に持ち、幼い頃から芸の道に親しみました。屋号は大和屋、定紋は丸に三ツ扇、替紋は杜若丁字。俳名には杜若、紫若、扇蝶があります。学業においては明治大学文芸科を卒業しています。

芸界での第一歩は、昭和10年（1935年）、本名の仁科周芳として有楽座上演の『侠艶録』にて初舞台を踏んだことに始まります。その後、歌舞伎俳優の二代目市川猿之助に師事し、昭和14年（1939年）2月には二代目市川笑猿を襲名。同年5月、有楽座での『隅田川続忰』より「法界坊」の里の子喜三松を演じ、キャリアを積んでいきました。

大きな節目となったのは、昭和26年（1951年）10月です。歌舞伎座にて催された公演において、菊田一夫作『源氏物語』での若き光の君、そして『寿曽我対面』での化粧坂少将を演じ、十代目岩井半四郎を襲名しました。この襲名と同時期に、日本舞踊岩井流の一門会を組織し、舞踊家としても指導者としての活動を本格化させています。

活動の場は歌舞伎の枠を超えて広がりました。昭和31年（1956年）には東宝へ入社し、映画俳優としてもキャリアを重ねます。昭和36年（1961年）に松竹へ復帰してからは、特に脇役としてその実力をいかんなく発揮し、作品に深みを与える存在感を示しました。古典歌舞伎はもとより、新作や現代劇に至るまで、敵役、道化役、さらには若衆役といった幅広い役柄を自在に演じ分けることができる、多才な芸域の持ち主でした。

舞台での活躍に加え、映画やテレビドラマへの出演も数多くこなし、映像の世界でも親しまれました。映画では、黒澤明監督の『虎の尾を踏む男達』（1945年）で源義経を演じたほか、『名月赤城山』（1953年）の板割浅太郎役、『大坂城物語』（1961年）の豊臣秀頼役など、時代劇を中心に印象的な役を残しています。テレビドラマにおいても、NHK大河ドラマ『源義経』（1966年）で佐藤継信、『勝海舟』（1974年）で小林隼太を演じ、時代劇『大奥』（関西テレビ）や『名奉行 遠山の金さん』（テレビ朝日）シリーズなど、多数の作品に出演しました。また、歌唱力も兼ね備え、レコード歌手としての一面もあり、自ら作詞を手がけたこともあります。

その芸術性は高く評価され、国立劇場での公演における功績は特に特筆されます。昭和55年（1980年）と昭和57年（1982年）の二度にわたり、国立劇場優秀賞を受賞し、日本の伝統芸能への貢献が認められました。

私生活においては、元松竹少女歌劇団の女優であった月城彰子（つきしろ しょうこ）と結ばれ、一男三女をもうけました。月城とは平成22年（2010年）3月に彼女が肺癌で亡くなるまで、長きにわたり夫婦として寄り添いました。子供や孫の世代にも芸能界に進んだ者が多く、長女の岩井友見、次女の仁科亜季子、そして孫にあたる仁科克基、仁科仁美も俳優やタレントとして活躍しており、芸能一家の中心人物として知られています。

辞世の舞台となったのは、平成9年（1997年）1月、国立劇場での『壇浦兜軍記』における花扇屋戸平次役でした。平成23年（2011年）12月25日、多臓器不全のため84歳でこの世を去りました。戒名は圓覚院慈雲良周居士。これは「悟りを開いた優しい方」という意味が込められているとされています。門下からは若次郎、義太郎といった弟子が育っており、後進の育成にも力を注ぎました。岩井半四郎の生涯は、歌舞伎、舞踊、そして映像といった様々な表現の場で、その確かな芸と存在感を示し続けた、日本の演劇界にとって貴重な足跡として記憶されています。

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